みたぬメモ

地味にメモ

HHKBのfnキーを不注意により油性ペンで汚してしまった

今年の1月ごろに「新しいキーボードほしいなー」と思い立ち、予算もある程度見積もっていたところ、知人から「これ使わないからあげるよ」とHHKBのLite2(白)をもらった。

それまでは付属のキーボードやロジクールの安いキーボードで満足していたので、初めてのHHKBの打ちやすさにとにかく感動した。「これは本当にすごい。ごちゃごちゃした刻印もなく、やたらとキーも多くなくてすごくいい。」とめちゃくちゃ感動していた。まさしくハッピーなキーボードライフを楽しんでいた。

そして今しがた、そんな素晴らしいキーボードを汚してしまった。

本当に不注意である、読んでいた手元の専門書に付箋を貼ろうとしたとき、あろうことか、付箋メモに使ったペンの先端が出ていたままだったのである。自分の不注意もあるけど、イベントでもらった超使いにくい無料のペンごときにHHKBのキーボードを汚された。しかもよりによってわりと使うファンクションキーだ。

ある程度動揺しつつも、ネットで調べた「プラスチック消しゴムで落ちる」という記述を信じてこする。少し落ちた。ここでちょっと安堵する。そういえば無料ペンの先端はゴム製だし、細かいところはそれで落ちるだろう。こすってみる。なぜか汚れが広がる。解せない。俺はお前が嫌いだペン。

ふつふつと湧き上がる怒りを堪えつつ、静かに立ち上がりティッシュを手に取る。そして洗剤をつけてこすった。落ちない。

 

かくして、最高級キーボードと誉れ高いHHKBのファンクションキーに、油性ペンの汚れがついたままになった。しかもイベントでもらった無料ペンだ。無料ペンごときに5桁はくだらないキーボードが汚されてしまったのだ。無料ペンは静かにゴミ箱にダイブさせた。書きにくかったし、まったく悔いはない。あばよペン。あとは懺悔の時間だ。あらためてHHKBの前に向き直る。君は汚れた体で僕を見つめる。

大好きだよHHKB、ものすごく打ちやすいよHHKB。でもそんな君を、僕はくだらない不注意で汚してしまったのだ。君の汚れがあるうちは、きっと僕は僕の不注意さをきっといつまでも責め続けるだろうし、君はファンクションキーを押されるたびに僕をその純粋な目で眺め続けるんだろう。君は何も語らない、ただ、僕によってタイプされ続けるだけだ。

次に買う時は必ず汚れが目立たない黒いモデルにする。だからごめん、まだ僕のそばにいてくれないか。ごめんHHKB。大好きだHHKB。

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図1. 汚れが落ちないHHKBのfnキー

 

 

※だいぶショックです。

フルメタDC版を観てきたよ〜ハリセンというアイテムにおける、ヒロインへの魅力度貢献の考察〜

先日、フルメタル・パニック!ディレクターズカット版を観てきました。(以下、これらのシリーズを総称する言葉として"フルメタ"を用います。)

 

私とフルメタの出会いはもう10年以上前にも遡ります。兄がふもっふを観ていたことがきっかけでした。

私自身が作中のモデルとなった調布に長く住んでいることもあり、しばしば挿入される地元ネタにまず反応。そして非常に魅力的なキャラクターたちが織りなす学園バタバタコメディに、「おもしろいなー」と思うのは当然のことでした。兄の書架から漢数字シリーズ、いわゆるふもっふパートを借りては読み漁る毎日。宗介による銃痕が残る校舎に、かなめのハリセンがうなる楽しい高校ライフに没頭。さらには兄のスパロボプレイ画面を横から眺めて「あれ、なんで宗介が戦っているの?」というトンチンカンな質問をした日々。

 

そして兄の誕生日に、燃えるワン・マン・フォースとつどうメイク・マイ・デイをプレゼントしました。当然のごとく自分も読むものの「あれ、結構シリアスなSFアクション小説なんだな」とようやく認識。クルツやマオといった味方キャラクターの役どころをまったく掴まないまま、レナードやカリーニンがラスボス側であることを把握し、物語の終盤戦を読んでいる愚行に気づくのは数年後である。

作者様にもファンにもかなり失礼な読み方をしたまま「なんかおもしろかったなー。せっかくだから最初から追いかけたいなー。」という気持ちが募ったところに、SFアクション本編ディレクターズカット版上映のお知らせでした。

これは観るしかありません。悪いヲタクたちを誘って行くことになりました。

 

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映画の感想としてはやっぱりおもしろくて、アーバレストが起動するシーンは胸熱だったしガウルンとの戦闘も息を飲むアクションでハラハラさせられっぱなしでした。

かなめのウィスパードとしての覚醒の瞬間も「あーなるほどなるほど」となったり、あとはかなめと宗介の関係性に注目をしながら観ていたんだけど相変わらず宗介の朴念仁っぷりもかなめのツッコミっぷりも…………て、え、あれ。

 

かなめってこんなに乱暴なキャラだっけ???

 

と、違和感を受けた。(ちなみに、ハリセンは学園パートのみに使われると後で知る)

いやまあもちろん映像演出の問題もあるんだと思うんだけど、最初のコピー用紙のくだりで「え、宗介にそんなに乱暴な手段で詰めるの?? でも宗介と事前にどのように行動を起こすかを徹底共有しなかった、かなめの司令官としての詰めの甘さじゃない? っていうか、そもそもいくらミスコピーをされて自分が所属する生徒会のコピー用紙の在庫がなくなったからって、それを職員室からパクる行為もどうなのよ」とかいろいろ思うんだけど、総評するとやっぱり乱暴なのだ。ふもっふのときは多少かなめが理不尽な思いつきをしたとしても、別段何も思わなかった。もっといえば、「テッサよりもかなめの方が面白くて好き」という感想すら抱いていた。

序盤ということで宗介との心の距離もまだ決定されておらず(なにせ、「相良くん」呼びだし……)、かなめにとって楽しい日常をいきなり破綻させてくる不愉快な転校生ということで、随所のかなめの心情を追うのは苦ではない。わかりみがある。一方で国領駅(地元民としてはひたすら懐かしいことに地上駅仕様)で、かなめが下車したのを無理やり身体を張ってでも追いかけようとした宗介に、心を動かすところもなんか共感できる。「そこまでしてくれるなんて、アタシって君にとってそんなに特別なんだ」と、勘違いしちゃう。荒唐無稽っぽいけどこれがいいんだよこれが。

それでも一部、たとえば宗介が風間とベランダで話し込んでいるところに遭遇した後のかなめの宗介に行った態度は、正直理解できない。いやこれが宗介がかなめにとって"普通のクラスメイト"なら、普通に気持ち悪いでしょ。もっといえば警察に通報するなり担任に相談すればええやん。修学旅行のごみ係として彼を指名した使命感もあるのだろうけど、それでも宗介を断罪せずにむしろ彼に対して拗ねた態度を示すあたり、「えー、これはもう宗介に何かしら期待なり情が移っている人間の態度やん」と思わざるを得ない。でもそれをキョーコに言及されているのに、認めようとしないかなめの態度に納得がいかない。いや、納得はできるんだけど寛容できない。おまえ、宗介に惹かれているって自覚しろよアマ!とすら思ってしまう。

このへん、暴挙ながらも燃えるワン・マン・フォースのかなめとレナードの会話を読み返すと、「あーやっぱりかなめって自分が惚れたイケメンには情を持つけど、そうでない男にはイケメンだろうが醜男だろうが同じレベル感で切り捨てるんやな」と改めて思う。

かなめにはかなめなりのイケメン(好きになる人)のモノサシがあって、たまたま宗介がそれに一致したんだろうと思う。男性にはなんとも理不尽な話であるが、それが女子高生という生き物だと自分は解釈している。

 

いや、でも、やっぱり、乱暴なんだよ

 

愛情表現が乱暴であるというのはもちろん、物理的に乱暴なのだ。なーんで宗介を蹴ったりコピー用紙での束で宗介の顔をグイグイ押し付けたりと、そこまでやれちゃうの?と、宗介には本当に同情せずにいられない。端的に言えば愛がないのだ。好きな子ほどいじめたいとかそういう範疇ではない、私刑だこれは。

ふもっふでは生まれなかった「かなめは乱暴」という感情が、どうしてDC版(ないしは本編パート)では自分の中に生まれるんだろうなーと考える。宗介が本編だといいやつだからか? それも違うと思う。やはり宗介は宗介で常識が足りず、朴念仁の上に周りに迷惑をかける行動に移しがちだから、あれはあれでセーブをかけるなり制裁を落とす必要があると思う。

じゃあ何によって宗介の行動を正す必要があったか……暴力ではない。ハリセンである。

何をバカな、と思われるかもしれないけどこの三日間俺も真面目に考えたんだ!

実際シティハンターの香がハンマーでなくて単なる暴力なら? ないしはるーみっくワールドのヒロインのような、可愛らしい表現のパンチでなくて本気の拳なら? これらのヒロインの魅力は大いに下がっていたと思う(要出典)

でも実際、かなめの暴力は見ているこちらとしても結構キツいものがあって、それだけでヒロインであるかなめの株価を下げているように感じた。なにせ宗介無抵抗だし。いくら宗介が最強のソルジャーであり、かなめのような素人の暴力など暴力とも思っていないかもしれないけど、さすがにあかんでしょ。

ヒロインが愛を持ってヒーローの行動を諌めているかどうか、それが案外ハリセンであったり創作独特のコミカルな擬音語であったりなのではないか。

 

などと思ったけど、そもそもラノベのヒロインにどこまでリアル感を求めているんやというお気持ちにもなりました。

まとまりがないのでひとまずこのへんで。

【日記】ミニバラ買った

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休日に吉祥寺方面に行ったところ、三鷹の農業祭だかで植物が売られていたので購入した。これはミニバラのセナ(黄色)とプリンセスチュチュ(ピンク)である。セナは香りがよくて、プリンセスチュチュは花付きが華やかなので買った。

室外育成は小学生の頃からベランダで色々育てきたけど、室内育成は初なので結構ドキドキしている。


あと表題からは外れるけど、明日は自分の誕生日だ。とはいえ、ここ三年ぐらいは誕生日当日以降は3月ぐらいまで結構酷い目に遭ってきたので、手放しで喜べない。そろそろいいこと起きろとまでは言わないけど穏やかに過ごしたい。(とか書いているから大変な目に遭うんだろうけど。)

とりあえずごはんとか気軽に誘ってくれると嬉しいです、はい。


あと欲しいものリストも載っけておきます。何か届くと嬉しいなあ。


17年度パンデパ秋公演の「中の見えない壺」を観劇した

観てきました。個人的には3年生の引退公演となる秋公演が、一年の中でいちばんのエネルギー集大成を観せてもらえるので好きです。(主観)

 

内容の感想

まあ正直舐めていたなと思いました。本公演オリジナル脚本ということで、世界観設定が"普通の大学における、演劇サークルに入るか否か悩む大学生"という導入は「うーんありがち」と最初は失礼ながら思ってしまった。

学生劇団によるオリジナル脚本かつ世界観設定が大学生の大学劇は、たいがい「作者が経験した感情・人間関係を二次体験orメタ体験できるような自己哲学もの青春群像劇」になりがちだと思っていて、たいがい過去を内包した精神世界の自分との対話を行い、そういった声を無視してそれでも現実世界を生きるけなげな主人公の今後を想起させて終わりか、それともひたすら陽の差さないところに向かって進んでいく暗澹とした終わりになりがちなのである。

そこから脱却して(あるいは差別化を図りながら)表現するには(演劇に限らずたとえば小説や漫画も同様)結構大変な作業だと思っている。別にそれらがすべて悪いわけではないんだけど、どうしても他のものと比較すると記憶の海の中で埋没しがちになる。

でも今回の劇は演劇らしさのある笑いをしっかりメリハリとして抑えつつ、そもそもの根幹として大事な主人公その他人物の設定もしっかりできていて、なによりカウンセラー役の役者セリフ言い回しと主人公との対話が非常に小気味よくテンポよく展開されていて「これはすごいな」と思った。(語彙力が消えつつある)

特に「普通とは何か?」「社会で周りと生きていくには?」という問いかけに対して、ひとまずの解を出していくくだりが面白くて、「これがこの作者(後輩)、そして主人公とこの世界の答えなんだな」としみじみ思った。あと人間の象徴として壺を使ったのも、実に哲学的でおもしろいと思います。15年度の秋公演『トランス』、16年度新歓公演『あの人のいた街』もなかなかおもしろかったんだけど、今回はそれらとは違ったテイストでよかったと思う。

 

後輩たちへの激励

一つの劇の形にするためには脚本だけではなく、演じる役者であったり劇をサポートする裏方周りの役割が欠かせないのだけど、去年とはちょっと勝手の違う中、今回もいろいろ頑張っていたと思う。

本公演はダブルキャストの体裁をとっていて、自分は引退する3年生が中心となって演じる回に行ったのだけど、「もうちょっとこの子達の代の劇を観たかったなー」と毎年のことながら思いました。本当にお疲れ様でした。

そして次のまたまた個性的かつ賑やかな代にも期待です。

 

おわび

雨がひどい中に慌てて向かい、さらにはお昼を食べていなかったので隣のマックに行ってから会場に向かってしまいました。受付の後輩が「なんやこいつ」という顔をしつつも、「そろそろ開演していいですか?」と声かけをしてくれたことに甘え、「このポテトもうちょっと食べてからでもいいですか?」と聞いてしまい、5分ぐらい開演が遅れました。本当にすみません。

 

キングダムハーツのファンの勢いがおかしい

ヤバい、本当にキングダムハーツヤバい。何がヤバいかって、言語野がここまで今も崩壊しているぐらいにはヤバい。

公式グッズもそうだし近年、イベントにおけるファンの勢いが本当におかしい。(褒め言葉でもあり枠を争う敵が多くてぐったりしている) ちょっと振り返ってメモしてみる。

 

■2004. 8.26~8.27 キングダムハーツプレミアパーティー

パシフィコ横浜で行われた初の公式イベント、ちょうどチェインオブメモリーズと2が発売する前である。

『キングダム ハーツ』の公式サイトで"プレミア・パーティー"に招待 - ファミ通.comによると400組800名だけど、実際はVジャンプ応募枠もあったからもうちょっと招待された記憶はある。

私は官製はがき3通を応募してそのうち1通が当たって行けたので、正直このときは倍率の厳しさを味わってはいなかった。当時ウェブサイトを運営していた人たちも、軒並み当たっていた記憶がある。

 

■この間のなんやかんや(チェインオブメモリーズ発売から2FMあたりまで)

TCGの公式大会が池袋のワールドインポートマートセンターのその他TCGに紛れて開催されたり、グッズなどあったけど、そこまで参加&入手困難じゃなかった記憶がある。

吉祥寺のアメニティドリームで行われたKHカード大会なんて、兄に行ってもらったときは参加希望者が兄一人しかいなかったため優勝商品のプロモリクはもらえずヘラクレスのカードになったとか、それぐらいしょっぱいコンテンツだった(ちなみにいまはなきTOMYのスタッフに尋ねたところ、参加者がいなかった場合、繰り上げで優勝商品がもらえたらしい。アメニティドリーム許すまじ。)

 

■異変を感じる(358/2daysからBbSまで)

一番つらかったのは358/2daysの同梱版の時。それまで2, 2FMと普通に特典までつけて入手できたので、そのときも余裕じゃろうと思ったらどこも予約完売。そのときはmixiもあまり読んでおらず、2chも読んでいなかったんだけど読みに行くと相当のスレ数。相当な激戦区になっていたと肌で感じる。その後中古で手に入れたけど、本当に本当に悔しかった。

 

■2010.9.20~9.30 キングダムハーツ Re:コーデッド in イクスピアリ

www.square-enix.co.jp

初日のお披露目イベントに行った。確か11時半ぐらいに舞浜の会場に着いたときはもう人が多すぎてつらかった。あの広場に人・人・人。朝8時ぐらいの平日満員電車を思い浮かべて欲しい。

そのときは世界初のKHプリクラ機が2台稼働していたんだけど、長蛇の列が当然のごとく形成され、筐体を一眼レフであらゆる角度から撮る人がいたことや、一人で何回も全フレームで撮るために並ぶ猛者もいたのを覚えている。店内のグッズはもちろん追加されるチラシすらも次から次へとなくなる始末。「戦場だ」と思った記憶がある。

 

■2012. 3.3 キングダムハーツ 10周年 プレミアイベント

special.member.jp.square-enix.com

これもよく覚えているんですが、当日朝7時ぐらいにヴィーナスフォートにたどり着いたのにも関わらず、整理券をもらうための列形成として建物3階分の行列ができて(ヴィーナスフォートは螺旋状に建物を回れる構造である。つまり1フロアの円周分×3階分という意味)、そして道路にまではみだすレベルで列ができていた。そのときは確か15時台のチケットを手に入れた記憶がある。当然同時期予約開始の3D同梱版も負けた記憶。

そのときもなんかもう本当に意味わかんないなと思い始めていた。

 

■2013.10.3 D23・キングダムハーツ・リミテッドステージ

KH:本日開催「D23・キングダムハーツ・リミテッドステージ」レポなど! | FF-Reunion

これは会場自体は平和だったんだけど、事前抽選から開催までが本当に地獄だった。

まず、当たった後で外れた知人に因縁罵倒はされるし、KHファンからもDファンからもチケット譲ってクレクレに消耗させられた記憶がある。親にこのときはめちゃくちゃ心配された。

開催中はあれだけ騒いでいたKHステージも行ってみたら空席だらけだったし(Bチケで取れる席周辺)、開催後は「声優のなになにがあのDキャラとおしくらまんじゅうしやがって」という罵倒や、そしてディズニーnotKHファンの「貴重なステージ枠を潰しやがって」感が半端なくて大変だった。

キングダムハーツは人気コンテンツでありつつも、純粋なディズニーファン、ディズニーとKHファン、そしてKHファンというところには大きな溝を感じる。

 

■2015.11.3 キングダムハーツ プレミアムシアター

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これは友人に当ててもらってなんとかいけたイベントである。このときはもうすでに抽選の勢いがヤバいとは把握。チケットがなくても並べる限定ファイナルフォームのソラフィギュア整理券は6時ごろに到着して404番台だった。ツイッターを眺めると外れた人も近隣にホテルをとって、フィギュアのために4時から並んだとかあって凄まじいと思った。会場付近にも外れたものの多くのKHクラスタが集まっていた。

そろそろ日程を増やすとかなんとかしてほしいとか思った。

 

■2016.8.11~ キングダムハーツコンサートファーストブレス

www.square-enix.co.jp

ほんと、おまえ、、、おまえ、、、というぐらい東京公演は……おかしかったです。

こちらも友人のおかげで初日昼公演に行けましたが、グッズ列形成がなっていないし数量制限はしないしで、夜公演でグッズが買えなかった人がとにかくかわいそうだった記憶がある。

 

■2017.3.10〜 キングダムハーツワールドツアー

ファーストブレスがひどすぎたからか、チケット争奪もそんなにつらくなかったのと、そしてグッズ対応はかなりマシになった記憶はある。それでも初日14時開演の公演に一応9時から行ってみたら、もうすでに100人ぐらい列形成ができていて「うーん意味がわからない」となった。

 

■2017.10.6のスクエニカフェ予約

もうね、これ本当に意味わからなかった。

9:40から待機したのに10時から即15分ほどサーバーダウン。そして10:45にはKHコラボ中のスクエニカフェ東京チケット土日は全部完売。ネットの向こうの君らに乾杯したい。

 
■2017.10.14~ アルトニアKHコラボ, スクエニカフェ

もうね、これもよくわからない。

初日の土日アルトニアはまあ厳しいだろうと思ったけど、初日は9時に並んで13時45分になってもカフェ利用できないといったツイートが流れるし、平日も悪天候なのに12時前に整理券が全部なくなって、本日全部の回ご利用いただけませんって、、まじ……まじ……(言語野破壊)

スクエニカフェの方に初日初回で並んだけど、雨の中整理券配布列が8時半には100人ぐらい並んでいて、もう本当にお疲れ様というお気持ちでした。

 

〜〜〜

アルトニア整理券3回チャレンジして負けているので、昔はどうだったかなあと改めてまとめてみたけど、年々激戦区になっていることが改めてわかってしまった。

ファンが増えると、周辺への公共マナーもどうしても損なわれがちになるし転売といった犯罪も横行するしで、そろそろ公式もなんとか……なってくれないかなあ。

そんなことを思った老舗ファンでした。はい。

【近況】病人なのでプリン食べてる

最近ふと「身体の気になっているところをそろそろ一網打尽にしたい」と思うようになっていた。このブログを書いている人は小さいころから耳が弱く、しばしば中耳炎になりやすい・耳の中の空気圧が調節しにくい体質なので、とりあえず耳鼻科に行ってみることにした。

したらば先生から「見て!君の耳、呼吸に合わせて鼓膜が動いてる!」と興奮される。本人からすれば人体に関して専門外なため、「鼓膜って動くもんじゃないの……?」という具合に、自分の鼓膜の画像を見せられてもいまいちピンと来ない。

どうやら自分は慢性中耳炎ではなくてアレルギー性鼻炎により、耳管の筋肉が弱まっていて(耳管機能低下)、耳の中の空気圧が調節できていないということだった。ここまでが金曜日。

改善の薬をもらってみたんだけど、これがとことん体質に合わなかった。具体的には、なぜか過呼吸と全身の痺れを起こし駅の医務室に運ばれて、友達を駅内アナウンスで呼び出すという凄まじいことをやらかした。これが土曜日。

薬をやめたらピタリと症状が収まってきた。そこであまり寝込んでいてもよくないなと思い、散歩をする。しかしいきなり右目が痒くなったと思った途端、どんどん目ヤニと涙が出てくる。本当に止まらない。一度真夜中に目覚めたときは目ヤニでがっちりまぶたとまつげが固まってしまい、開けるのに苦労した。これが日曜日から月曜日までの深夜。ちなみに私は右目が一重で、「土曜日にたくさん寝たら二重になってラッキー!」と思っていたのに、目ヤニと涙のせいでがっつり一重に戻っていた。現実は甘くなかった。

そして眼科に行ってきたところ、「うーん見事に結膜炎ですね。これ感染性があるのでタオル使い回しはやめてね。お風呂は一番最後。とにかく他人に移さないように。」と重要保菌者扱いされて、成城石井のプリンを食べながらこのブログを打っている。おいしい。

toushitsuoffdiet.com

 

わりと人並みの感想で申し訳ないんだけど、あまり病院に行かない人間なので改めて悪いところをじっくり診てもらい、病名や症状にきちんとした担保が取れるという安心感は凄まじい。健康のためのメンテナンスは重要だとつくづく思い知らされている。

あとこんなときでないと、家でゆっくり腰を据えて勉強に取り掛かるということが少なくなってきたので、全然手をつけていなかった本を読みたいなあと思っている。

マンガでわかる統計学 回帰分析編

マンガでわかる統計学 回帰分析編

 

 

Angularアプリケーションプログラミング

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それでもってプリンおいしい。味としてはけして甘くなく、でも卵と牛乳をたっぷり使っている濃厚さが感じられてとてもよいと思う。お値段はそれなりに張るけど、安くてベタベタな甘さのものを食べてカロリーを無意味に摂ってしまうよりかは、きちんといいものを食べていった方がいいように思えてきた。 きっと人生もそんなもんじゃないかと適当なことを書こうと思ったけど、あまりに適当すぎて責任が取れない気がしたので、とりあえずオススメするだけに留めておく。人間、病気になったりとかで気弱になると適当な名言を残したくなる。

 

そして本当にどうでもいいんだけど、変な時間帯に家に帰ったせいか父から「どちらさまですか!?」と言われた。プチへこんだ。

精神的に老いたなと思う瞬間

精神的に老けたのかなあと思うことが増えたので、あとから振り返るためにメモを残しておく。

 

1. テレビの趣味

そもそもTVをさほど観なくなったのもそうだけど、民放よりNHKを観る機会が増えた。

小学生時代は父に、「NHKはつまんないからチャンネル変えたい!」と訴えた記憶がある。確かそのときは「なんかねえ、大人になるとNHKが面白くなるんだよ。」と切り返されたのだけど、自分もそうなっている。

NHKだとあらゆるジャンルのニュースが全部まとまっている感じがするし、主観に偏りすぎたコメンテーターがいないだとか、バラエティーにせよ教養にせよ攻撃的じゃない感じがする。なんというか観ていて疲れないのだ。

この"疲れない"という感覚を説明すると、例えば小学生の時は「あなたはたくさん食べるのね」という言葉の裏をさほど考えずに済んだ。(どちらかといえば褒め言葉ですらあったかもしれない) けど、大人になると「だからそんなに太っているのね」と、言葉のその先や、裏に含まれる意味を考えすぎてしまうのかもしれない。というか考えていかないと人間関係がうまく構築できない。そういう"思わず探ってしまいがちな感情"を、民放とCMから持ちがちになってしまって疲れる一方、NHKはそういうものを(比較的)持たずに済むのかなと考えている。

 

2. ディズニーランドとディズニーシー

TDRのどちらに行く?」という選択肢に、4年ぐらい前までなら「アトラクションがたくさんあるディズニーランド!」と一択でやっていた。スプラッシュマウンテンを始めとするマウンテン系コースターを、1日に5回以上は乗っていた気がする。朝は開園1時間前から行くし、夜は閉園ギリギリまでいたがった記憶がある。

それがなんか近年は「まあ十分楽しんだし、そろそろいいかな」という気持ちにシフトしつつある。翌日の体力や観たい&やりたいアトラクションを考えると「ディズニーシーがいいな」と思う機会が増えた。

年齢的なターゲットにあっているから、シーもありといえばありなんだろう。けど幼少期に行ったディズニーランドのトゥーンタウンが、非常に楽しかった感覚をもう一度味わいたいなという気持ちにたまになる。

 

3. 食べ放題より家のごはん

食べ放題にときめかなくなった。安いところの焼肉食べ放題はもう厳しい感じがする。

昔に比べるとそんなに食べなくてもいい気持ちになっているのもあるし、体重増加が気になるという気持ちもある。

あと外食にさほど感動がなくなってきた。それよりかは三食をいかにして効率的に調理して、栄養バランスを考え長年料理する母の方が素直にすごいと感動できる気持ちになってきた。

 
4. コンシューマーゲームを長時間続けられない&カラオケへの興味が失せた

これは性格的な変化もあるんだろうけど、屋内にずっと篭って行う事案に対して、集中をそれ一本だけにすることができなくなってきた気がする。

例えばなんだけど丸一日オフの朝8時に起きたとして、"とりあえず"ゲーム機をつけるという気持ちが少ない。それより先に「今日はごはん何にするかな〜。天気がいいし洗濯物やっておくか〜。」という気持ちの方が働く。

そしてようやくゲーム機を起動して2時間ほど。昔は課題とか放ったらかして7時間ぶっ通しでゲームができた気がするんだけど。

 

5. 人間関係

以前に比べて拘泥がなくなった。

いい側面で言えば、例えば高校生ぐらいまでは年上の人に対して、無条件に「こうあるべきだろう」といった期待や圧力の気持ちを持っていた時期がある。それを裏切られる行為をされると相手に対して怒りを覚えていた気がするんだけど、「まあ自分だってできないこともあるし、その人にとってはそれが難しいんだろう」と思うことが加齢に伴って増えた気がする。具体的にいうと「20歳なのにこんなのもできないの!?」といった、年齢によるバイアスは減ってきた。たぶん自分がその批判してきた年齢になってきたことも大きいと思う。

悪い側面でいうと、わりと親しくしてくれる人に対しても、あっさりした気持ちを持ちがちになった気がしてきている。

これはTwitterの影響もある気がしていて、その気になれば新しい人脈もすぐに切り開けるじゃろと思いがちになる。だから既存人脈に対して丁寧さが欠けがちになるのかもしれない。気をつけたい。

 

6. 限界が見えがちになる

およそこれを読まれている方も「なんにでもなれるしなんでもできるやろ」みたいな無敵感が小さい頃はあったんじゃないかと思いますが、自分も例外ではない。しかし近年は同期の中で活躍している声を聞いたり、周囲で優秀だと褒められている人を見たりすると、「今から追いつくには色々と足りないなあ」などと考えるようになってきた。

更にそこに初期体力の要素も考慮する必要があり、例えば体力があれば深夜2時まで勉強できたかもしれないけど、もうそれは厳しい。体力は「限界がある」と如実に実感できる要因なので、そういう気持ちを持ちがちになるのかもしれない。

 

 

でも常に新しいことを頭に入れて、きちんと挑戦していきたいとは思います、はい。