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【まつもとゆきひろ氏 講演】若手エンジニアの生存戦略レポート #colab_matz

【まつもとゆきひろ氏 特別講演】若手エンジニアの生存戦略 - connpassに参加してきました。若手エンジニアないしはエンジニアを目指す学生向けに、生存戦略を説く主旨の講演でした。まつもとゆきひろ氏とは、プログラミング言語Rubyを作った人です。 

 

全体的な内容はこちらのブログで非常にコンパクトに紹介されているのでご参照ください。

zuckey17.hatenablog.com

私のブログではまつもとゆきひろ氏もといMatz氏が語ったことを前半に紹介しつつ、後半に主観感想もまとめたいと思います。

 

■生き残るには? -死ななければいい。

「エンジニアの生存戦略、つまり生き残るには?」

その問いに「単純ながら、死ななければいい。」という皮切りでスタートした。

じゃあこの"死なない"ためにはどうするか。

そもそも生き残るとはどのような戦略を取ればいいのか?

Matz氏は「背景や環境など当然違うのだから、各人にあてはまる生存戦略というものは存在しない」とした上で、以下のように述べた。

 

■自分の生存戦略を知るための、戦略を知る(メタ戦略)

少なくともスタートアップ企業で生き残るには、頭がいい・IQが高いとかが重要ではなく、パターン認識能力が高いことであるということであるという科学的根拠を提示された。

(参考:起業家に必要なのは高いIQよりパターン認識能力 | TechCrunch Japan)

パターン認識能力とは、すなわちいろいろなケース(状況)の中から共通なものを見出して括り出す能力が重要である。

世の中のたくさんの人に対して、更にはなにかしらで困っている人がいて、それらのソリューションはこのツール(方法)であるという、問題把握能力と問題解決能力を合わせた意味でのパターン認識能力を鍛えることによって、自分を戦略的に鍛えることができるという話であった。

 

■じゃあ過去の成功者の事例(ロールモデル)から学んでいくべき?

とはいえ、過去の成功者と全く同じことをすることはできないし、過去の歴史を真似をするという観点で言うと、役にも立たないとバッサリ。(バタフライエフェクト/バタフライ効果の考え方) なぜならばそもそも自分も「どうしてRubyは成功したと思うか?」と聞かれても、ほとんどが後付け理由であり、そのときに成功するかどうかなんてわからないことから、成功者の真似をしても難しいとMatz氏の経験談も含めて指摘が入った。

そこで、成功者の体験をそのまま適用するのではなく一部を自分に適用して、成功に導くパターンを抽出することが大事と話が続く。

 

■死なないためには、理不尽に気づく。

エンジニアが死ぬ前に、まず抑えてもらいたいこととして「みんながやっているということは、自分が我慢をする理由にならない」と断言。

我々の社会は我慢をすることに価値を見出しがちであるが、本来は成果という価値を提供することが正しいことをとにかく抑えましょうと熱弁されていた。

しかしどうしても「俺も我慢しているんだからお前も我慢しろ」、「皆が我慢しているのだから自分も我慢しなければならない」という社会的圧力が起こりやすい。

しかしこれはビジネス的に見たら価値は全くのゼロ、これは皆が苦痛を覚えるだけ

 

しかしもちろん必要な我慢というものはあって、あるソフトウェアが完成すれば皆が楽になるといったものを開発するときはそれなりの我慢は発生するだろうけど、でもそれも結果あってこその我慢。

客に会わない職種なのにスーツを着なければならないとか、あるツールを導入すれば作業が楽になるのに社内規則で導入しないだとか、新人だからという理由だけで5年前のPCを使うといった、どうしようもない理由の押し付けは理不尽であり、我々の敵だと認識する必要がある。

 

ここで、Perlの開発者であるラリー・ウォール氏の"プログラマ三大美徳"発言も引用される。(私は名前だけは聞いたことがあるけど、詳しく知らなかったので勉強になった。)

参考:プログラマーの三大美徳 | Money Forward Engineers' Blog

プログラマ三大美徳である「怠惰・短気・傲慢」の反対である「勤勉・寛容・謙遜」も大事ではある……大事ではあるけど、そこに「苦労・苦痛・我慢」も含まれているのがいけない。

勤勉を徳とする人は、あるいは他人が勤勉であることを求める社会というのは、誰かに苦労や我慢を押し付けているという無意識の価値構造になっていることに気づく必要があると指摘。

本来は「みんなも苦労しないし、僕も苦労しない」というのが理想なのではないかという意見提案がなされた。

しかしこの「無意識の価値構造」が非常に厄介で、自覚がないと本当に対処ができないとMatz氏。

 

■上から下まで勘違いをしている、何度でも言うが理不尽には気づかないといけない

「"会社は私の主人であり、私は会社の従属"という発想がそもそも間違いである。」と更に話は続く。

「私は自分の持っている知識・技術・才能・労力を差し出して価値を出しているわけで、会社は価値をお金に変えるためのチャネルを提供しているわけであって、本来なら契約関係として対等であるはず。」という気持ちを持っている必要がある。

「会社という組織はあなたたちを養っている」・「言うことを聞かないと会社はあなたを捨てる」という無自覚な刷り込みが発生しているが、ITは特に転職事情も発展しているので、そこはもう少し反抗期精神を主張してもいいのではないか?というなかなかアグレッシブな発言が飛び出す。

そして以下の発言に続いていく。

どうも我々の社会は生産性よりも忍耐という美徳を大事にする。

価値を大事にするよりも、秩序を大事にする方が大事だと思いがち。

それが結果として社会的圧力になるが、それは理不尽である

「理不尽は拒否してもいい、理不尽は拒否しなければならない。」

とした上で、社会的圧力は誰にも気付かれないことが多く、際限なく自分を縛ってしまう。そしてそれはいつか限界を超えてしまう。という話であった。

死なないにしても、具合が悪くなる。もっと前の時点で、「これはおかしい」と思わなければならないということを強調されていた。

理不尽さが自分の中に無意識に刷り込まれることの恐ろしさを説いてもらった。

 

■じゃあポジティブに考えよう、これからどうしようか?

少ない苦痛・我慢、あるいは我慢をしないで結果を得られたらそれは素晴らしいこととして、じゃあどうするか?「みんながやらないような、でもやっても問題のない"裏技"をやっていきましょう」、という提案に話は移っていく。そこで、

 ・空気を読まない

 ・目的を明確化にする

 ・理不尽を拒否しよう

の三点を紹介された。

他人を変えるのは難しいし、大きい組織でまずい価値観に出会ってもその組織自体は変わらないことが多い。

そんなときは「逃げてもいいんじゃないかなー」と考える

素晴らしいプロダクトを出すことや、価値を出すことがファーストプライオリティーではないと気づいたら、逃げるしかない

理不尽であると気づいたら、逃げるしかない。(本来の価値観にアプローチしていこう) アメリカ的な働き方だが、「work smart」でいこう。

仮に上司がダメなら例えば上司の上司に訴える、あるいは「こうやったほうが本質にフォーカスできる」ということがわかる人にアプローチをする。など。

そこにある理不尽に対して、声を上げよう。(これはおそらく上司に訴えろということのみではなく、自分の感性を信じて自分にとって次の適切な行動を取れ、という意味だと推測する。)

 

■我慢に価値を置かない お互いに勝つか、取引をしないか。

上司と自分との対立構造をどうするか?この問題に関して、ここで7つの習慣も引用される。(参考 : 7つの習慣 - Wikipedia )

二人のプレイヤーがいて、勝者・敗者が存在する。

そうなると組み合わせは以下の4種類

 ・win-win

 ・win-lose

 ・lose-win

 ・lose-lose

……win-winがもちろん一番いいけど、そうはうまくいかないことも多い。

片方が勝って、片方が負けるという取引もまま起きるだろうけど、そんな取引は永続しないので、それならそもそも取引しない方がいい。すなわち「No Deal」という5つめの組み合わせを選ぼう、という話が出た。

 つまり

 ・win-win(お互い勝つ)

 ・No Deal(取引しない)

の2通りだけでやっていくことを意識することが大事で、とにかく我慢に価値を置かないこと、みなさんを無限に食いつぶす価値はいらないということ、でも我慢をした結果、価値を得られるならやる方がいいという3つの視点をもらった。

本来のいい関係とは互いにリスペクトがあるはずであって、「俺が上司だから俺の言うことを聞け」といった理不尽な主従ではないのである。生産性のない綱引きほどビジネスで意味のないことはない、という話であった。

 

■じゃあ更に具体的に、どうやって生存戦略を取っていこうか。

Matz氏は「こっちに行けば幸せになれそう」という勘と「社会的圧力に対する鈍感さ」もあったことで、なんとかやってこれたと述懐。しかしその能力が皆に備わっているわけでもない。

じゃあどうするか?まずは社会的圧力に対して鈍感になっていくことが大事という話になった。

そして、自分の技術をもう一つの技術(能力)と組み合わせてやっていくこと。一つの技術のみで勝とうとするのは非常に難しい。すぐに後陣に抜かれる可能性もあるし、だったら何かと何かの組み合わせ、例えば農業×IoTで戦って行った方が非常に賢い。

これは技術でなくてもよくて、まずは自分の持っているもの・興味のもっているもの・続けられるもの・自然とやってしまうことなどを自分の中で棚卸をして、そこから組み合わせてやっていくことが大事。

「僕はプログラミング言語を作りたいと思っていて、でも、他の人はそうではなかった。結果論ではあるけど他の人と違うことは、メリットである。」という話をRubyの開発を25年続けている経験談、そしてだいたいのソフトウェアは25年も続かないという事実とも合わせて語られていた。「こういう言語にしたら幸せになれそう」という勘も働かせたら、結構うまく行ったというエピソードが会場の笑いを誘っていた。

次に、思い込みを打破していくこと。ちなみにバグ原因の99%も思い込み、らしい(要出典)

人間はものすごく思い込みに弱いから、詐欺もまかり通るとした上で、「思い込みとはある種のキャッシュのようなもので、それを消していく必要がある」というIT業界ならではの喩えが秀逸でした。

この社会的価値観キャッシュとは非常に厄介で、たとえば「大企業に入れば安泰」というものは時代やそのときの環境によって本当は変化させないといけない価値観なのに、そのまま信じてしまう。けどそれではいけないという話。

我々が幸せになるのに、もはや役に立たないキャッシュもあるということを自覚しなければならない」とMatz氏。

 

■我々の人生の多くは「問題解決」という枠組みで考えられる

問題の本質とは何か、とMatz氏。

そもそも問題は解決できるのか、それは本当にソフトウェアによってのみなのか?そうやって思考することが、同じ原則が人生にも適用できるという話に続く。

 

■インプットとアウトプットのバランスを取っていく

勉強するというインプットは当然必要とした上で、更に「でもインプットしただけでは、我々は差別化できない」ので、「どんなアウトプットでも重要」とMatz氏の熱弁が続く。

「こわい、恥ずかしい、炎上するかもしれない、そもそもチャンスがない」と思うかもしれないけど、そもそもそれすらも「思い込みではないか?」と考えてみる必要があるように思うという話。

「目立ちたくない」という心理的障壁は本来我々に本能的に組み込まれたものであるが、これを超えられた人が強いこと、クオリティはとにかく棚上げして、まずはやってみる精神が大事人間の可塑性に賭けていこう。(これはおそらく、自分だけではなく他者の将来性やポテンシャルも信じていこうという文脈であると予測している)

 

■エンジニアが生き残るには? まとめ

・理不尽を拒否しよう

・鈍感になろう

・プログラミング能力を鍛えることで、問題解決能力を身につけよう

・人生に適することで、人生問題解決を図ろう

・人間(自分/周り)の心理に興味を持とう

・思い込みを打破しよう

 

■感想

とにかく素晴らしい講演でした。これらの内容はエンジニアのみに留まらず、ありとあらゆる職業人や、ないしは学生の方々にも、もっといえば人間関係にも拡張して適用することができるのではないかと思いました。

特に理不尽に気づくというのは、幸せに生きる上で非常に重要な観点であると私も思います。本来人間は幸せに生きたい動物であるのにも関わらず、あえて苦痛の道を同調圧力によって選んでしまうわけで、これは非常にもったいないことであると改めて思いました。特に今後の日本は人口減少問題は避けられない現実であって、如何に人は効率よく働くかが重要課題であり、そこで無意味に疲弊することはあってはいけないと思っていたのでMatz氏の意見には深く首肯しました。

そして何か一つのプログラミング言語能力を鍛えるということは、結局のところ問題解決能力を鍛えるという話には、目から鱗でした。(お恥ずかしながら、自分の持てる手段が壮大な問題すら取り組めるということまで、考えがあまり至っていなかったことと、壮大な問題であるとすら認識できていなかったのだと思います。) そう考えると、どんな勉強も何かしらの課題にあたったときに、どのように解決すれば自分を幸せに導けるかの一つの視野を導いてくれるものでしかないと考えれば、学習は苦痛ではないかもしれません。

非常にすばらしい気づきのある講演でした。

 

(5/23・追記)登壇者であるまつもとゆきひろ氏、主催のサポーターズColabさま, 協賛企業のSpeeeさま, DRECOMさまにはこのような素晴らしい講演の場に参加させてくださいまして、深く感謝を申し上げます。

更に(もちろんまつもとゆきひろ氏の言葉がそれだけ素晴らしいものであると承知で)、拙文が多くの方の目に触れたことに関しまして、ご覧いただいた皆様にも深くお礼申し上げます。

最近ハマっている習慣について

というわけで、表題の話です。最近ハマっている習慣について雑に紹介と、所感を述べます。

しかし何かしら抽象的な事案に取り組む/決定する際は(自分のことも自分で決められないのかと突っ込みつつ)、いっそとりあえず他人に投げてしまうのは手だと思うこの頃です。

 

1. A4ノートに自由にいろいろ書いている

もともと普段から科目や内容別にノートに分けているのだけど、新年度から「いろいろ何を書いてもいい」ノートを作った。ノートはどこにでもあるキャンパスノートである。

例えば「倉木麻衣さんのTouch Me!はいいね」,「何に今詰まっているのだ」とか、Twitterに書いてもいいようなことから、ふと気になったことを調べた内容・数式、パッと思いついたToDoを書きなぐったり、思考のフローチャートを書いたり、今聴いている曲の歌詞だとか、とにかくなんでも自由に書く。罫線も無視して文章書きはもちろん、落書きもしている。

日付で切り分けて書いているのだけど、いま自分は何を思って、何が課題点なのか、どこに悩みを置いているのかを文字を書いて言葉に起こすだけでも気が紛れるし、そうこうしているうちにその悩みに対するアプローチであったり、他にやるべきことを思い出せる。

もともとは日記と手帳にやっていたけど、A4サイズは自由さが広まるし、日記形式だと1日or何かしら一つのテーマの振り返りとして書くものになってしまっていて、リアルタイムで頭の中を占めている悩みや考え事にはどうも遡及しきれなかった。

(1日の終わりに思い出せない程度の悩みや思考を書くことまでが、日記の役割かどうかはともかく。)

とにかくこの"手を動かして文字に起こす"という作業が慣れると思いの外楽しいので、おすすめである。

思考が離散的であったり連続的であったり、そういうものを垣間見られるのもおもしろい。

 

2. ジョギング

体重を落としたくて走っている。

そのため、"脂肪が燃焼し始める20分以上の時間を確保して走る"・"朝の日照時間と合わせて走ると身体が活性化して痩せやすい"の2点は特に意識している。

20分程度だと2~3kmぐらいしか走れないが、それでもだいぶスッキリして、その後の勉強などにも集中して臨める気がする(体感)

 

3. 健康記録ログ

痩せたいんだよなあ(本音)

googleスプレッドシートに月ごとで作っている。

項目として[日付, 天気, 体重, 体脂肪, 便通, 移動距離, 朝食, 昼食, 夕食, 間食]を設置している。食事に関してはざっくり記入していて、「煮物(ほうれん草と大根)」という具合に、ログを取っている途中で飽きるのも嫌なので、とりあえず自分がわかる形にしている。

そのgoogleスプレッドシートが結構おもしろくて、グラフを作成するときに項目の相関関係を勝手に予測して、移動距離と体重でグラフを作ってくれたのにはびっくりした。

身体が重いときとか手持ちぶさたなときにログを読み返して、「なるほど、この期間に油物を連続させているので消化がよろしくなさそう」などと予測している。何より、今の自分に足りない栄養素が可視化できるのはよい。副次的な効果として、「そういやあのときこの人と◯◯を食べたんだったな」などと、日記は日記で別につけているのにも関わらず思い出せるのもまた面白い。

 
エクストラ. 習慣化するには

もともと面倒臭がりなのに、なぜかこのあたりは1ヶ月以上実践できているきっかけを自分なりに分析した。効果が高い順に書いてみる。

 

 1. 人に何気ないときに薦められた

 2. 人がそれをやっているのを見た

 3. 本でそれらを実践するとよいことを読んだ

 

1. について解釈すると、面と向かって「◯◯がいいんだよ!まじおすすめ!」と言われても8割ほどは心も身体も動かないけど、「〜〜してみるの結構いいよ」とごくシンプルに言われるとなんかスッと入ってくる。

教育法で人は視覚的+聴覚的に伝えられた方が記憶に残りやすいと教わったので、1と2が組み合わさると「なるほど、とりあえずやってみるか」と自然に受け入れられやすくなるのだと思う。他人が苦もなくやっている姿を見聞きするというのは、存外自分にインパクトを与えているのだと思った。

3はそもそも能動的に読書しているときに入ってくる情報なので、自然に取り入れやすいのだと思う。

 

次に継続的に続けられる理由は、「とにかく気楽にやる」である。上の流れを読んだ人はわかるかもしれないけど、実は上の3点は目標設定と具体的な期限を敷いていない。

気楽にやるさじ加減は人それぞれだろうけど、例えば自分の場合「体重◯kgになる!」とは決めているけど、「いつまでに痩せる」という期限を設けていない。(まあさすがに半年後には……とかは思うけど)

「習慣化する」ということはそれだけでも結構重いときもあるので、明確な目標や期限設定は習慣化できたあとでよくない?とかそれぐらい気楽に思っている。(だから痩せないんだよというツッコミはわかってるんだ。)

もう一つは、その習慣に「取り組みやすくなる状況にする」だと思う。

私は基本的に面倒臭がりの人間なので、やりたいことを開始するときにその準備が整っていないと、それだけで脳のリソースが奪われていると思っている。

そのためとかく自分にとってのやりやすさを優先して、ジョギング用のスウェットは部屋のここ、本とノートはカバンのこの位置、健康記録は毎回書き入れるのが面倒なのでデジタル化、という具合にやりやすい状況を作っている。

自分にとってやりやすくカスタマイズすることは最初こそ準備と気合が必要かもしれない。しかしある程度やっているとルーティング化できるので、わりあい気楽に取り組むことができる。どうしてもダメなら、身近に実際にそれに取り組んでいる人を見つけるか、「今の自分にはきっと他に優先事項もあると思っていて、実施できない」と、潔く切り捨てるのも大事かもしれない。

いい感じのGWを過ごした(追記あり)

この高揚感を雑に思いついた順にまとめておきたい。

 

1. ジョギング

連日、結構走った。もともと運動好きではないけどいい感じのスウェットを最近買ったこともあり、テンションが上がっているのだと思う。近所はツツジや川の土手など、水と緑の自然に恵まれていたことにしみじみ気づかされる。

 

2. お絵かき

中高時代の落書きが続々発掘されて、触発された。毎朝下書きして、ペン入れをした。

当時は描けば描くほど泥沼で「こんなんじゃダメだ!」と、目的設定も明確でない割にいっちょまえに苦悩していたけど、振り返ってそれらの絵を見ると(自画自賛と承知で)「なんだ、結構描けてるじゃん」と懐かしみと親しみ、そして感嘆を素直に感じることができた。案外、かっこつけて描いてみた絵の方が「んーこれは表情が出ていなくてダメ」という具合に、描くのと見るのと、どちらも肩の力を抜いて楽しめる年齢になったようです。

 

3. おでかけ

多くの人に「もっと違うところを行ってみたらどうだろう」というアドバイスを受けたこともあり、あまり出歩かないところに行ってみた。とはいえ、ほとんどは一度は行ったことのある場所だったので、新たな発見や感動があったかというとやや微妙ではある。ただ、今まで通り過ぎてはいたけど入ったことのない店や、ちょっと入り組んだ場所まで足を伸ばしたりと、言うなれば今までは幅優先探索だったのが、深さ優先探索で出歩いたのは新鮮であった。

あと1日、完璧にオフ日を作った。自分がどこに行くのか、何を見るのか、何を食べるのか、それがなんとなく知りたくて気の向くままに歩を進めた。とりあえず二箇所具体的な場所を思いついたもののTwitterで雑に友人に意見を求めたり、結局最初に考えていた場所とは違うところを歩いてみたりした。最後は馴染みの店で終えた。

そういうことができる一面を持っていた自分に、なんとなく驚いた。贅沢な時間の使い方ができたと思う。

 

4. 人

今までも仲良くしてくれている人や、初めて会う人たち、普段は遠いクラスタの人など、バラエティ豊かな人たちと会って話をして、ごはんを食べたりと楽しい時間を共有できた。

第一印象で「合う・合わない」がわかるという感覚が優れている人がいると思う。自分もそういう感覚はあるにはあるけど、その感覚をとりあえず疑っているので、なるべく今後も色々な人に出会っていきたい。その方がおもしろいし、セーフティネットが広い分にはいいことだと、感覚よりも理性的に判断している気がする。

 

5. 読書

最近読んだ本に「ゲームやSNSをやるのは、脳が刺激を求めていてそれが単純に達成できるから。代わりとして知識や深い思考能力を養うために本を読みなさい。」と書いてあったことから、その言葉に素直に反省して色々読み始めている。

そういったわけでウェブ関係の本を眺めたり、哲学思想や研究関連、文学などなど、他ジャンルにおいてパッと開いたページから読み進める手法で色々と手を出した。活字はいい。没頭できることもあるし、他にやりたいことも思い出すのに手っ取り早い。

 

6. ゲーム

3DSシアトリズムFFをちょこちょこやった。一番気に入っているのは4~10の曲なのだけど、8は特に気に入ってるため、未だに手を出していない。こういう意思選択決定方が、なんというか人生的にもたまに損をしていないかちょっと不安になる。

そういえばもらったPS3をまだ接続させていない。

 

7. 音楽

面倒臭がりを克服するべく、CDとして買ってはいたものの放置していたものをiCloudミュージックに落とす作業をした。

ZARDはいい。すごく好きだし、いいんだけど、ずっと聴いていると考えすぎて解釈する癖まで伝染しそう(これも考えすぎなんだろうけど)。というわけで、美女と野獣だったりキュアップラパパとかセーラームーン幽☆遊☆白書とかも聴いたりした。新規開拓もしないとなあ。

 

8. 食事

新しいレシピ作りにはさほどチャレンジしなかった。でも最近ようやく中学~高校時代ぐらいまで料理の勘が取り戻しつつある気がする。

外食は、なんだか最近さしたる感動がない。美味しいっちゃ美味しいし、価格も十分にpayできているとは思うんだけど、なんだろうね?人と話しながら食べるごはんも、一人で食べるごはんも、そのへんあまり変わりもないし。本当になんだろうね?

 

9. 掃除

そういえば、部屋の移動が完全に終わった。去年の6月ごろに兄が独立するのに伴い、なぜか私が兄の部屋に移動が自動決定されていたのが、ようやくである。親がむしろ痺れを切らして強制移動させたというのに近い。10年以上使った部屋を強制的に奪われてむしゃくしゃした時期もあったけど、もう色々言ってもしょうがないし、もうほとんど移動していた兄の部屋だった場所もそこそこに快適ではある。(と思うことにしている。)

掃除に伴い、中高時代のものが次々と発掘された。やはりというか当然かもしれないけど、当時色々考えていたことの片鱗が窺えるものが発掘されると、連続的思考/経験があって今の自分に至っているとしみじみ気づかされる。(突然変異であったり離散しているわけではなく、着々と自分の中で積まれたものがあって、今の自分が存在していると言いたい。)まあ、当時から考えすぎではあるとは思った。思考行動を楽しんでいるならいいんですが、もっと気楽に生きるかその時間をもっと勉強しておけと10年前の自分に言いたい。

とはいえ。

当時の写真も発掘したんだけど、笑うべきときに友達や先生にたくさん囲まれて笑っている写真ばかりだった。そのときそのときでやれるベストを尽くしたとは言わないけど、当時楽しく過ごした感情までも否定するのもキツイし面倒なので、これまでも楽しい人生を過ごしていたし多分これからも楽しく生きていくんだろうなーと改めて認識することができた。

 

10. 人・2

にゃーん。

日記を発掘したこととか、色々な人と会話をしたり色々なところに行ったり、そこから考えてみたんだけど、自分も他人も年齢・環境にとらわれずに案外柔軟に変わっていけると思いましたね。

そう考える背景に色々とあるけど、端的に書くとそんなことを思いました。なによりポジティブ解釈思考の方が、楽しい。

 

 

筆、もといキーの向くままたくさん文字を打ってだいぶすっきりしました。

こういうダラダラした思考回路を開示する終わりのない文章もたまにはいいものです。相変わらず考えすぎなのは、気にしないとして。

 

 

追記(5/8)

こういう感じです。

いいGWを過ごせました。

高校時代の先生がわりと本気で好きだった話

なんかふと思い出したので書いてみる。

高校時代の数学の先生がめっちゃ好きだった。34歳差で妻子持ちで周りの同級生たちからも「じいさん」と呼ばれるような人だったけど、好きだった。

いつもロマンスグレーのスーツをかっちり着こなし、板書がとても早く、暗算もおかしいレベルで早く、数学以外でも頭の回転の早い、でも視力が低すぎてメガネが分厚い。とにかくなんでもすごい人だった。

当時の友人たちは私の熱っぷりをうんざりするほど聞かされていて、今更ちょっと申し訳ないと思っている。

 

数学の先生に惚れた理由を書くにあたり、自分のことをちょっと書く。高1時代の私は実は文系で、数学は本当に嫌いな教科だった。

嫌いだと思っていた理由は、大きく分けて二つある。

まずは、数学嫌いのよくある典型として私は小学校時代、割合や台形の面積を求める計算でつまづいた。その流れで中学数学も定期テストの点数は当然低く、自信がなくなり数学(算数)に苦手意識がついてしまった。(ちなみに中2から数学の先生が変わったおかげで、なんとかやってこれた。)

もう一つは兄の存在である。兄はなかなか数学力の抜きん出ていた人で、両親や周りの大人にその力を絶賛されていた。

そのため私は小さい頃から親に「算数/数学で困ったらお兄ちゃんに聞きなさいね」、「同じように育てたのに、何故あなたはこんなに数学ができないのかしら」などと言われて育ったので、嫌になっていった。

そういったわけで、数学の先生も当然嫌いであった。

 

転機は高1の2学期に差し掛かる頃であった。

私が通っていた高校は英語と数学に力を入れていて、その教科でクラス分けが存在していた。私はそのクラス分けで、兄を指導していた数学の先生に当たったのである。私は入学当初から「君があの子の妹さんか」と注目されていたので、結構複雑な気持ちだった。

そういったわけでそのクラス分けも嫌で、意を決してその先生に「先生の指導はよく知りませんが、兄を教えていた人に比較されたくないので教わりたくないです。」と直談判をすることにした。我ながら馬鹿であるが、当時の私は自尊心を守るために必死だったのだと思う。

しかし、その先生に言われたことは「え、比較しないよ。」だった。

青天の霹靂だった。妙に説得力のあるその言葉に、その場を「あ、そうですか」とおとなしく引いた。

今思い返せば先生は先生として当然の対応をやってくれたのだとわかるけど、私にとっては兄を知っていて私と比較しない人がいたことと、呆れも苦笑もせずに対応してくれたことに、本当に感謝した。

(余談だがその先生の授業は難しかったものの、式を丁寧になぞってじっくり考えれば理解できて感動した。授業を受けることができてよかったと思う。)

 

でもそれだけなら別に惚れはしなかったと思う。 

それからのエピソードとして、兄とは比較しないという約束をしてくれたことと教え方がわかりやすかったこと、私はその感謝を先生には数学のテストで返したかった。しかし残念ながらそこまで点数は伸びなかった。(数学に対する深い理解や、そしてそれらに取り組んでいく熱意といった全部を含めた根本的な問題として、上位層には遠く及ばなかったのである。)

じゃあどうするか、何なら自分はできるのかと考えて、黒板拭きをした。毎回毎回授業前に綺麗にした。自分で言うのもなんだけど、本当に美しかった。

先生が来る前にこっそりやっていたが、ある日普通にばれた。当時から私は考えすぎの子だったので、「あっやばい、見つかったら"そんなんやってる暇があるぐらいなら数学やれ"って怒られるわ」と考えて焦った。

けどそのとき先生から言われたことは、「綺麗。ありがとう」だった。

毎回毎回こっそり拭いていたけど、先生はいつも「綺麗だね、いつもありがとう」と言ってくれて、嬉しかった。そのうちに本当は授業に間に合うように消せるくせに、先生が到着するころぐらいまでかかるように時間をかけて拭き始めた。

高校以前にも私の周りには感謝の言葉を言ってくれる人がいたのだろうけど、はっきりいって、私はそれまでそういう言葉をずっと認識していなかったし、もっと言えば自分の行動は誰にも認識されていないとすら感じていた。

しかしその先生のおかげで、「自分が動いたことで感謝されるのは、すごく気分のいいことなのだ」と、ようやく学べた。自分からも感謝の言葉を述べるようになり、自分が感謝されたときは素直に喜ぶことができた。行動実績が認められなかったときは、とことん反省して、次にどうしたいのかを一生懸命考えた。

数学以上に、大事なことをその先生から学べたと思っている。

それからというもの、数学という教科そのものにも傾倒した。その先生が執筆した本を購入し、学校通信系で寄稿したものは全部調べ上げて、先生がどんな考えを持つ人なのか、とにかく読んだ。「どうすればこんなに誠実で頭が良くて素敵な人になれるかな」と、とにかくその先生と同じ視野を持ちたくなったのである。

(しかしながら、34歳差の妻子持ちの先生を師匠・異性的どころかどこか神格化して好きになったのは、今から考えるとやはり当時からどこか抜けていたとは思う。)

 

第三者が聞くと単なる憧れの感情と一蹴されるかもしれないけど、その先生の授業を受けるだけで本当にしあわせだった。バレンタインは初めて家族以上に高価なものを渡した。先生と廊下ですれ違って挨拶できた日は最高の1日だった。先生が生きてくれて自分と同じ環境にいることだけで、世の中に感謝していた。

あいにく自分の代の卒業と同時に転任されたこともあり、その後はよくわかっていない。

ただ、手計算でその先生が教えてくれた式展開が出現したとき、「もう二度と会うことはないだろうけど、先生が教えてくれたことが自分の中でちゃんと残っている」と実感したときは危うく涙腺が崩壊しかけたことがある。

その先生への感謝や尊敬を込めて、私自身は数学そのものには向いていないと承知で、中高の数学免許も取った。文系から理系になったことや生き方まで、とにかく私の人生を変えてくれた人はこの人ぐらいである。

本当にその先生自身に傾倒していて、心底惚れていた。 

 

この前の日曜日、そんな激しい熱情を持っていた当時をよく知る高校時代の友人と「当時好きだったものは、結局いまも好きだよね」という話をしてきた。

続けて、「ただ、好きは好きだけど、情熱は年齢を重ねてだいぶ変化した。その対象について、昔と同じような温度感で接せるかというと、できないことの方が多いだろうけど、でもやっぱり好きだよね」ということを話した。

 

振り返って現在。

正直に告白すると、その友人と話していたときですら、先生のことをうっかり忘れていた。帰った後どころか、翌月曜日のお昼に思い出した。

つまり、そういうことである。好きということを忘れていたどころか、「こういう風に生きたい」という人生目標にしていたことも忘れていた。

だけど、今でももしもその先生が何か困っていて自分がやれることなら、助けたいと思うし、極端な話、その先生が私に絶命を命じるようなことがあれば喜んで受けると思う。とはいえ、そんなことは私に絶対に言わない人だとも思えたから、そういうところも含めて本当に全部好きだった。

 

忘れていたとはいえ現在もその先生のことは変わらず好きなのに、過去形にするのは本当はどこかおかしい気持ちがある。しかし、当時の自分と今の自分が持つ先生への熱情を比較すると、昔の自分が持っていた好きの方が断然強い。たぶん好きという感情は質的にも量的にも時間変化して、"当時の自分が好きだったことを認めた"瞬間から、その人自身への拘泥はなくなるのだろうと思った。端的に言えば、自分の感情に酔っているのだと思う。だから、過去形で正解なのかもしれない。

 

部屋の掃除をした際に当時の日記を発掘して、そんな青臭いことをしみじみ思った。

もう少し嫌いなものを語ってもいいと思うんだよね

タイトル通り。

世間はとみに「嫌いなものより好きなものを語ろう」という風潮が強い。確かに、好きなものを語っている人は非常に好ましいし、その人のもとに自然と好きなものが集まっていると思う。

私の母もだいぶ昔に「"嫌い"という言葉は強いので、"好きじゃない"ぐらいにしておきなさい」というアドバイスをくれたことがある。今も昔も、嫌いなものを語るということはあまり歓迎されない文化なのだろう。

けど私は、逆に嫌いなものは語ったほうがいいと思っている。理由は3つ。

 

まずは"嫌いな人やものを語ることで、それが近づかなくなる"

当然ながら私にも嫌いな人がいる。なんとなく嫌だなあレベルから、もう私の人生に関わらないでくれレベルの人がそこそこいる。

そこで私は「以前にこういうことが起きて、そのときこういう気持ちを持ったので、こういうことをする人は嫌いだ」と常日頃から言うことで、その人や関係者が近寄ってくることが減っていると体感している。これによって人間関係は萎んでいるだろうけど、嫌いなことや人が入ってこない平穏状態が保てるので、全てが悪くはないと思っている。(バランスは大事だけど)

 

2つめに、"自分の意識を変えるきっかけになる"である。

私の好きな人たちが嫌いなモノや人について語ってくれるのを聞いているとき、「そういうことをしたら嫌われるんだな」, 「こういうことを嫌がる人がいるのだな」という、日常の至りを得られると思っている。ここまでで超偉そうに書いていますが、私もたいがい無神経なところが多いので、好きな人たちとなるべく長く付き合うためには、嫌いだとか怒りといった閾値を把握しておけるのはありがたいと思う。(「それぐらい言わなくても憶測して先回りして動けよ」と言いたくなる気持ちもわかるけど、それこそ他人の理解力や行動力に依存しすぎだったと最近とみに内省している。他人には言わないけど。(明らかに常軌を逸脱したものはまた例外とするとして。))

 

最後に、"自分の感情を把握しやすくなる"である。

最初に戻るけど、好きなモノは流暢に語れるのに、嫌いなモノは歓迎されない文化も影響しているのか、自然発生した嫌悪感を相手に論理的に説明しないために、そこでコミュニケーションのコンフリクトが起きていると思う。(語彙力の問題で"正しく説明できない"というのもあるだろうけど) "お茶を濁す"という文化も、相手の気持ちを慮る意味では素晴らしいと思うけど、自分が失う感情も大きいと思う。齟齬のないコミュニケーションを行う上で、自分の感情を把握するためにも、常日頃からネガティブ感情も相手に伝わるように言語化しておく習慣があるといいと思っている。

 

あと最終的なまとめとしては嫌いなモノや人を語ることで、その人が何を大事にしているかが見えてくるので、そういう側面でも、もっと嫌いなモノや人をもっとフラットに語れるといいんじゃないかと思った。結局それが相互理解に繋がっているとしみじみ考えている。

まあ、なかなか難しいんだろうなあ。

チーズオムレツを作った

 

 

ここまでの流れでもわかるようにチーズオムレツ制作だったはずが、茹でたブロッコリーがなぜか好評だったのでブログに残しておきます。

ちなみにブロッコリーですが、近所の店で198円だったところ50円引きだったものを一房購入して、適当に塩を振って茹でました。

画像はiPhoneのカメラロール標準搭載から加工しました。

 

 

今日も平和ですね。

【ネタバレあり】ラ・ラ・ランドを観てきた

ラ・ラ・ランドを観てきた。その高揚感がある程度自分の中で形をなして留まっているあたりで、書き起こしておきたいと思う。

 

観る前

映画を観に行ったきっかけは2点あった。

後輩と食事に行った時に「ラ・ラ・ランドは期待できるんですよ。アカデミー賞ノミネート最多作品です。」と興奮気味に伝えられたことから始まる。

次に記憶に新しい、アカデミー賞での受賞ミス騒動。

なんとなくそそられるものがあって観に行くことにした。

 

ちなみにこの時点ではポスターとあらすじぐらいしか知らず、「才能はあるがまだ芽の出ていない男女がミュージカルを交えつつ色々解決して乗り越えていく話」という認識をしていた。

だからTLで意見が二派に分かれていているのだとも思っていた。

 

観た感想

これは「シェルブールの雨傘」だ、と思った。

もとより途中で気づいていた気がする。あえてのミュージカルであること、季節ごとのあからさますぎる場面転換、登場人物たちが着ている服の色選択、大道具の大仰なまでのフランスモチーフ(モネの"印象・日の出"を思わせるような筆使いのセットは本当に感動した。)、ミアの一人芝居の構想メモに出てきた"ジュヌヴィエーブ"の人物名(ここではっきりとラストまでの嫌な予感がよぎった)、そして本当はお互いのことを想い合っているのにも関わらずミアとセブのすれ違っていくストーリーに、「スタッフたちは現代版シェルブールの雨傘を作りたかったのだ」と納得がいった。

ただしシェルブールの雨傘と違う点は、ギイとジュヌヴィエーブの二人は戦争に引き裂かれるわけだけど、ラ・ラ・ランドは違う。セブとミアを引き裂いたのは、生活である。

セブはミアの夢を支えるために、本意でないジャズ演奏で食べていく。しかしそこで二人の考えがどんどん遠のいていく。そこが現代の人間とも価値観がマッチングしていて非常によいと思った。

 

ただ、私はシェルブールの雨傘とどちらがいいと言われたら、間違いなくシェルブールの雨傘を推すだろう。理由は3つある。

一つは音楽である。冒頭の高速道路でのミュージカル"Another Day Of Sun"は最高に良かった。それでもミシェル・ルグランに勝ってはいないというのは、おそらく映画フリークの人なら納得してくれると勝手に思っている。

二つめはストーリーと演出である。シェルブールの雨傘は二人が別れた理由に、納得がいってしまうのだ。そして観客は「もしも戦争がなかったら」などと他の世界線を空想することで現実世界に楽しく戻ってこれるのだ。

一方ラ・ラ・ランドは「どうしてそっちの世界線を選んでしまった」と多少首を傾げざるを得ない話なのである。それこそ、5年前に最後に公園で二人が会話を交わしたときは「もしかしてうまくハッピーエンドに持って行ってくれるんじゃないか」とすら期待したのに、そこをif世界まで用意されて、「ありえないよ」と裏切られたのは大きい。

最後に、この作品は結局はシェルブールの雨傘のオマージュでしかないのだ。シェルブールの雨傘の印象すら感じさせない作品にしない限りは、それを超えることはないだろうと自分の中で理由付けている。

 

とはいえ、ラスト10分のif世界は御多分に洩れず泣いた。正直結末を認めたくなくて、さらにはif世界の映像・演出・音楽が本当に素晴らしすぎて、ミアが他の男と結婚して子供まで生まれている現実世界の方がif(これは悪い夢)で、ミアとセブがうまくいく話とリンクして未来に戻ってきてendになってくれるのだとすら思ってしまった。

だからずるい。この作品は「ifでもしうまくいっていたら」を観客には考えさせてくれない。

 

余談

ラ・ラ・ランドは吹き替え版も気になったのでキャストが知りたくなった。そこでgoogleでサーチしたけど、上位トップページに上がるのが個人ブログの適当な文章のサイトばかりで萎えた。google頑張ってほしい。