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みたぬメモ

地味にメモ

高校時代の先生がわりと本気で好きだった話

なんかふと思い出したので書いてみる。

高校時代の数学の先生がめっちゃ好きだった。34歳差で妻子持ちで周りの同級生たちからも「じいさん」と呼ばれるような人だったけど、好きだった。

いつもロマンスグレーのスーツをかっちり着こなし、板書がとても早く、暗算もおかしいレベルで早く、数学以外でも頭の回転の早い、でも視力が低すぎてメガネが分厚い。とにかくなんでもすごい人だった。

当時の友人たちは私の熱っぷりをうんざりするほど聞かされていて、今更ちょっと申し訳ないと思っている。

 

数学の先生に惚れた理由を書くにあたり、自分のことをちょっと書く。高1時代の私は実は文系で、数学は本当に嫌いな教科だった。

嫌いだと思っていた理由は、大きく分けて二つある。

まずは、数学嫌いのよくある典型として私は小学校時代、割合や台形の面積を求める計算でつまづいた。その流れで中学数学も定期テストの点数は当然低く、自信がなくなり数学(算数)に苦手意識がついてしまった。(ちなみに中2から数学の先生が変わったおかげで、なんとかやってこれた。)

もう一つは兄の存在である。兄はなかなか数学力の抜きん出ていた人で、両親や周りの大人にその力を絶賛されていた。

そのため私は小さい頃から親に「算数/数学で困ったらお兄ちゃんに聞きなさいね」、「同じように育てたのに、何故あなたはこんなに数学ができないのかしら」などと言われて育ったので、嫌になっていった。

そういったわけで、数学の先生も当然嫌いであった。

 

転機は高1の2学期に差し掛かる頃であった。

私が通っていた高校は英語と数学に力を入れていて、その教科でクラス分けが存在していた。私はそのクラス分けで、兄を指導していた数学の先生に当たったのである。私は入学当初から「君があの子の妹さんか」と注目されていたので、結構複雑な気持ちだった。

そういったわけでそのクラス分けも嫌で、意を決してその先生に「先生の指導はよく知りませんが、兄を教えていた人に比較されたくないので教わりたくないです。」と直談判をすることにした。我ながら馬鹿であるが、当時の私は自尊心を守るために必死だったのだと思う。

しかし、その先生に言われたことは「え、比較しないよ。」だった。

青天の霹靂だった。妙に説得力のあるその言葉に、その場を「あ、そうですか」とおとなしく引いた。

今思い返せば先生は先生として当然の対応をやってくれたのだとわかるけど、私にとっては兄を知っていて私と比較しない人がいたことと、呆れも苦笑もせずに対応してくれたことに、本当に感謝した。

(余談だがその先生の授業は難しかったものの、式を丁寧になぞってじっくり考えれば理解できて感動した。授業を受けることができてよかったと思う。)

 

でもそれだけなら別に惚れはしなかったと思う。 

それからのエピソードとして、兄とは比較しないという約束をしてくれたことと教え方がわかりやすかったこと、私はその感謝を先生には数学のテストで返したかった。しかし残念ながらそこまで点数は伸びなかった。(数学に対する深い理解や、そしてそれらに取り組んでいく熱意といった全部を含めた根本的な問題として、上位層には遠く及ばなかったのである。)

じゃあどうするか、何なら自分はできるのかと考えて、黒板拭きをした。毎回毎回授業前に綺麗にした。自分で言うのもなんだけど、本当に美しかった。

先生が来る前にこっそりやっていたが、ある日普通にばれた。当時から私は考えすぎの子だったので、「あっやばい、見つかったら"そんなんやってる暇があるぐらいなら数学やれ"って怒られるわ」と考えて焦った。

けどそのとき先生から言われたことは、「綺麗。ありがとう」だった。

毎回毎回こっそり拭いていたけど、先生はいつも「綺麗だね、いつもありがとう」と言ってくれて、嬉しかった。そのうちに本当は授業に間に合うように消せるくせに、先生が到着するころぐらいまでかかるように時間をかけて拭き始めた。

高校以前にも私の周りには感謝の言葉を言ってくれる人がいたのだろうけど、はっきりいって、私はそれまでそういう言葉をずっと認識していなかったし、もっと言えば自分の行動は誰にも認識されていないとすら感じていた。

しかしその先生のおかげで、「自分が動いたことで感謝されるのは、すごく気分のいいことなのだ」と、ようやく学べた。自分からも感謝の言葉を述べるようになり、自分が感謝されたときは素直に喜ぶことができた。行動実績が認められなかったときは、とことん反省して、次にどうしたいのかを一生懸命考えた。

数学以上に、大事なことをその先生から学べたと思っている。

それからというもの、数学という教科そのものにも傾倒した。その先生が執筆した本を購入し、学校通信系で寄稿したものは全部調べ上げて、先生がどんな考えを持つ人なのか、とにかく読んだ。「どうすればこんなに誠実で頭が良くて素敵な人になれるかな」と、とにかくその先生と同じ視野を持ちたくなったのである。

(しかしながら、34歳差の妻子持ちの先生を師匠・異性的どころかどこか神格化して好きになったのは、今から考えるとやはり当時からどこか抜けていたとは思う。)

 

第三者が聞くと単なる憧れの感情と一蹴されるかもしれないけど、その先生の授業を受けるだけで本当にしあわせだった。バレンタインは初めて家族以上に高価なものを渡した。先生と廊下ですれ違って挨拶できた日は最高の1日だった。先生が生きてくれて自分と同じ環境にいることだけで、世の中に感謝していた。

あいにく自分の代の卒業と同時に転任されたこともあり、その後はよくわかっていない。

ただ、手計算でその先生が教えてくれた式展開が出現したとき、「もう二度と会うことはないだろうけど、先生が教えてくれたことが自分の中でちゃんと残っている」と実感したときは危うく涙腺が崩壊しかけたことがある。

その先生への感謝や尊敬を込めて、私自身は数学そのものには向いていないと承知で、中高の数学免許も取った。文系から理系になったことや生き方まで、とにかく私の人生を変えてくれた人はこの人ぐらいである。

本当にその先生自身に傾倒していて、心底惚れていた。 

 

この前の日曜日、そんな激しい熱情を持っていた当時をよく知る高校時代の友人と「当時好きだったものは、結局いまも好きだよね」という話をしてきた。

続けて、「ただ、好きは好きだけど、情熱は年齢を重ねてだいぶ変化した。その対象について、昔と同じような温度感で接せるかというと、できないことの方が多いだろうけど、でもやっぱり好きだよね」ということを話した。

 

振り返って現在。

正直に告白すると、その友人と話していたときですら、先生のことをうっかり忘れていた。帰った後どころか、翌月曜日のお昼に思い出した。

つまり、そういうことである。好きということを忘れていたどころか、「こういう風に生きたい」という人生目標にしていたことも忘れていた。

だけど、今でももしもその先生が何か困っていて自分がやれることなら、助けたいと思うし、極端な話、その先生が私に絶命を命じるようなことがあれば喜んで受けると思う。とはいえ、そんなことは私に絶対に言わない人だとも思えたから、そういうところも含めて本当に全部好きだった。

 

忘れていたとはいえ現在もその先生のことは変わらず好きなのに、過去形にするのは本当はどこかおかしい気持ちがある。しかし、当時の自分と今の自分が持つ先生への熱情を比較すると、昔の自分が持っていた好きの方が断然強い。たぶん好きという感情は質的にも量的にも時間変化して、"当時の自分が好きだったことを認めた"瞬間から、その人自身への拘泥はなくなるのだろうと思った。端的に言えば、自分の感情に酔っているのだと思う。だから、過去形で正解なのかもしれない。

 

部屋の掃除をした際に当時の日記を発掘して、そんな青臭いことをしみじみ思った。