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【日記】ミニバラ買った

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休日に吉祥寺方面に行ったところ、三鷹の農業祭だかで植物が売られていたので購入した。これはミニバラのセナ(黄色)とプリンセスチュチュ(ピンク)である。セナは香りがよくて、プリンセスチュチュは花付きが華やかなので買った。

室外育成は小学生の頃からベランダで色々育てきたけど、室内育成は初なので結構ドキドキしている。


あと表題からは外れるけど、明日は自分の誕生日だ。とはいえ、ここ三年ぐらいは誕生日当日以降は3月ぐらいまで結構酷い目に遭ってきたので、手放しで喜べない。そろそろいいこと起きろとまでは言わないけど穏やかに過ごしたい。(とか書いているから大変な目に遭うんだろうけど。)

とりあえずごはんとか気軽に誘ってくれると嬉しいです、はい。


あと欲しいものリストも載っけておきます。何か届くと嬉しいなあ。


17年度パンデパ秋公演の「中の見えない壺」を観劇した

観てきました。個人的には3年生の引退公演となる秋公演が、一年の中でいちばんのエネルギー集大成を観せてもらえるので好きです。(主観)

 

内容の感想

まあ正直舐めていたなと思いました。本公演オリジナル脚本ということで、世界観設定が"普通の大学における、演劇サークルに入るか否か悩む大学生"という導入は「うーんありがち」と最初は失礼ながら思ってしまった。

学生劇団によるオリジナル脚本かつ世界観設定が大学生の大学劇は、たいがい「作者が経験した感情・人間関係を二次体験orメタ体験できるような自己哲学もの青春群像劇」になりがちだと思っていて、たいがい過去を内包した精神世界の自分との対話を行い、そういった声を無視してそれでも現実世界を生きるけなげな主人公の今後を想起させて終わりか、それともひたすら陽の差さないところに向かって進んでいく暗澹とした終わりになりがちなのである。

そこから脱却して(あるいは差別化を図りながら)表現するには(演劇に限らずたとえば小説や漫画も同様)結構大変な作業だと思っている。別にそれらがすべて悪いわけではないんだけど、どうしても他のものと比較すると記憶の海の中で埋没しがちになる。

でも今回の劇は演劇らしさのある笑いをしっかりメリハリとして抑えつつ、そもそもの根幹として大事な主人公その他人物の設定もしっかりできていて、なによりカウンセラー役の役者セリフ言い回しと主人公との対話が非常に小気味よくテンポよく展開されていて「これはすごいな」と思った。(語彙力が消えつつある)

特に「普通とは何か?」「社会で周りと生きていくには?」という問いかけに対して、ひとまずの解を出していくくだりが面白くて、「これがこの作者(後輩)、そして主人公とこの世界の答えなんだな」としみじみ思った。あと人間の象徴として壺を使ったのも、実に哲学的でおもしろいと思います。15年度の秋公演『トランス』、16年度新歓公演『あの人のいた街』もなかなかおもしろかったんだけど、今回はそれらとは違ったテイストでよかったと思う。

 

後輩たちへの激励

一つの劇の形にするためには脚本だけではなく、演じる役者であったり劇をサポートする裏方周りの役割が欠かせないのだけど、去年とはちょっと勝手の違う中、今回もいろいろ頑張っていたと思う。

本公演はダブルキャストの体裁をとっていて、自分は引退する3年生が中心となって演じる回に行ったのだけど、「もうちょっとこの子達の代の劇を観たかったなー」と毎年のことながら思いました。本当にお疲れ様でした。

そして次のまたまた個性的かつ賑やかな代にも期待です。

 

おわび

雨がひどい中に慌てて向かい、さらにはお昼を食べていなかったので隣のマックに行ってから会場に向かってしまいました。受付の後輩が「なんやこいつ」という顔をしつつも、「そろそろ開演していいですか?」と声かけをしてくれたことに甘え、「このポテトもうちょっと食べてからでもいいですか?」と聞いてしまい、5分ぐらい開演が遅れました。本当にすみません。

 

キングダムハーツのファンの勢いがおかしい

ヤバい、本当にキングダムハーツヤバい。何がヤバいかって、言語野がここまで今も崩壊しているぐらいにはヤバい。

公式グッズもそうだし近年、イベントにおけるファンの勢いが本当におかしい。(褒め言葉でもあり枠を争う敵が多くてぐったりしている) ちょっと振り返ってメモしてみる。

 

■2004. 8.26~8.27 キングダムハーツプレミアパーティー

パシフィコ横浜で行われた初の公式イベント、ちょうどチェインオブメモリーズと2が発売する前である。

『キングダム ハーツ』の公式サイトで"プレミア・パーティー"に招待 - ファミ通.comによると400組800名だけど、実際はVジャンプ応募枠もあったからもうちょっと招待された記憶はある。

私は官製はがき3通を応募してそのうち1通が当たって行けたので、正直このときは倍率の厳しさを味わってはいなかった。当時ウェブサイトを運営していた人たちも、軒並み当たっていた記憶がある。

 

■この間のなんやかんや(チェインオブメモリーズ発売から2FMあたりまで)

TCGの公式大会が池袋のワールドインポートマートセンターのその他TCGに紛れて開催されたり、グッズなどあったけど、そこまで参加&入手困難じゃなかった記憶がある。

吉祥寺のアメニティドリームで行われたKHカード大会なんて、兄に行ってもらったときは参加希望者が兄一人しかいなかったため優勝商品のプロモリクはもらえずヘラクレスのカードになったとか、それぐらいしょっぱいコンテンツだった(ちなみにいまはなきTOMYのスタッフに尋ねたところ、参加者がいなかった場合、繰り上げで優勝商品がもらえたらしい。アメニティドリーム許すまじ。)

 

■異変を感じる(358/2daysからBbSまで)

一番つらかったのは358/2daysの同梱版の時。それまで2, 2FMと普通に特典までつけて入手できたので、そのときも余裕じゃろうと思ったらどこも予約完売。そのときはmixiもあまり読んでおらず、2chも読んでいなかったんだけど読みに行くと相当のスレ数。相当な激戦区になっていたと肌で感じる。その後中古で手に入れたけど、本当に本当に悔しかった。

 

■2010.9.20~9.30 キングダムハーツ Re:コーデッド in イクスピアリ

www.square-enix.co.jp

初日のお披露目イベントに行った。確か11時半ぐらいに舞浜の会場に着いたときはもう人が多すぎてつらかった。あの広場に人・人・人。朝8時ぐらいの平日満員電車を思い浮かべて欲しい。

そのときは世界初のプリクラ機が2台稼働していたんだけど、長蛇の列が当然のごとく形成され、筐体を一眼レフであらゆる角度から撮る人がいたことや、一人で何回も全フレームで撮るために並ぶ猛者もいたのを覚えている。店内はグッズはもちろん追加されるチラシすらも次から次へとなくなる始末。「戦場だ」と思った記憶がある。

 

■2012. 3.3 キングダムハーツ 10周年 プレミアイベント

special.member.jp.square-enix.com

これもよく覚えているんですが、当日朝7時ぐらいにヴィーナスフォートにたどり着いたのにも関わらず、整理券をもらうための列形成として建物3階分の行列ができて(ヴィーナスフォートは螺旋状に建物を回れる構造である。つまり1フロアの円周分×3階分という意味)、そして道路にまではみだすレベルで列ができていた。そのときは確か15時台のチケットを手に入れた記憶がある。当然同時期予約開始の3D同梱版も負けた記憶。

そのときもなんかもう本当に意味わかんないなと思い始めていた。

 

■2013.10.3 D23・キングダムハーツ・リミテッドステージ

KH:本日開催「D23・キングダムハーツ・リミテッドステージ」レポなど! | FF-Reunion

これは会場自体は平和だったんだけど、事前抽選から開催までが本当に地獄だった。

まず、当たった後で外れた知人に因縁罵倒はされるし、KHファンからもDファンからもチケット譲ってクレクレに消耗させられた記憶がある。親にこのときはめちゃくちゃ心配された。

開催中はあれだけ騒いでいたKHステージも行ってみたら空席だらけだったし(Bチケで取れる席周辺)、開催後は「声優のなになにがあのDキャラとおしくらまんじゅうしやがって」という罵倒や、そしてディズニーnotKHファンの「貴重なステージ枠を潰しやがって」感が半端なくて大変だった。

キングダムハーツは人気コンテンツでありつつも、純粋なディズニーファン、ディズニーとKHファン、そしてKHファンというところには大きな溝を感じる。

 

■2015.11.3 キングダムハーツ プレミアムシアター

www.disney.co.jp

これは友人に当ててもらってなんとかいけたイベントである。このときはもうすでに抽選の勢いがヤバいとは把握。チケットがなくても並べる限定ファイナルフォームのソラフィギュア整理券は6時ごろに到着して404番台だった。ツイッターを眺めると外れた人も近隣にホテルをとって、フィギュアのために4時から並んだとかあって凄まじいと思った。会場付近にも外れたものの多くのKHクラスタが集まっていた。

そろそろ日程を増やすとかなんとかしてほしいとか思った。

 

■2016.8.11~ キングダムハーツコンサートファーストブレス

www.square-enix.co.jp

ほんと、おまえ、、、おまえ、、、というぐらい東京公演は……おかしかったです。

こちらも友人のおかげで初日昼公演に行けましたが、グッズ列形成がなっていないし数量制限はしないしで、夜公演でグッズが買えなかった人がとにかくかわいそうだった記憶がある。

 

■2017.3.10〜 キングダムハーツワールドツアー

ファーストブレスがひどすぎたからか、チケット争奪もそんなにつらくなかったのと、そしてグッズ対応はかなりマシになった記憶はある。それでも初日14時開演の公演に一応9時から行ってみたら、もうすでに100人ぐらい列形成ができていて「うーん意味がわからない」となった。

 

■2017.10.6のスクエニカフェ予約

もうね、これ本当に意味わからなかった。

9:40から待機したのに10時から即15分ほどサーバーダウン。そして10:45にはKHコラボ中のスクエニカフェ東京チケット土日は全部完売。ネットの向こうの君らに乾杯したい。

 
■2017.10.14~ アルトニアKHコラボ, スクエニカフェ

もうね、これもよくわからない。

初日の土日アルトニアはまあ厳しいだろうと思ったけど、初日は9時に並んで13時45分になってもカフェ利用できないといったツイートが流れるし、平日も悪天候なのに12時前に整理券が全部の回ご利用いただけませんって、、まじ……まじ……(言語野破壊)

スクエニカフェの方に初日初回で並んだけど、雨の中整理券配布列が8時半には100人ぐらい並んでいて、もう本当にお疲れ様というお気持ちでした。

 

〜〜〜

アルトニア整理券3回チャレンジして負けているので、昔はどうだったかなあと改めてまとめてみたけど、年々激戦区になっていることが改めてわかってしまった。

ファンが増えると、周辺への公共マナーもどうしても損なわれがちになるし転売といった犯罪も横行するしで、そろそろ公式もなんとか……なってくれないかなあ。

そんなことを思った老舗ファンでした。はい。

【近況】病人なのでプリン食べてる

最近ふと「身体の気になっているところをそろそろ一網打尽にしたい」と思うようになっていた。このブログを書いている人は小さいころから耳が弱く、しばしば中耳炎になりやすい・耳の中の空気圧が調節しにくい体質なので、とりあえず耳鼻科に行ってみることにした。

したらば先生から「見て!君の耳、呼吸に合わせて鼓膜が動いてる!」と興奮される。本人からすれば人体に関して専門外なため、「鼓膜って動くもんじゃないの……?」という具合に、自分の鼓膜の画像を見せられてもいまいちピンと来ない。

どうやら自分は慢性中耳炎ではなくてアレルギー性鼻炎により、耳管の筋肉が弱まっていて(耳管機能低下)、耳の中の空気圧が調節できていないということだった。ここまでが金曜日。

改善の薬をもらってみたんだけど、これがとことん体質に合わなかった。具体的には、なぜか過呼吸と全身の痺れを起こし駅の医務室に運ばれて、友達を駅内アナウンスで呼び出すという凄まじいことをやらかした。これが土曜日。

薬をやめたらピタリと症状が収まってきた。そこであまり寝込んでいてもよくないなと思い、散歩をする。しかしいきなり右目が痒くなったと思った途端、どんどん目ヤニと涙が出てくる。本当に止まらない。一度真夜中に目覚めたときは目ヤニでがっちりまぶたとまつげが固まってしまい、開けるのに苦労した。これが日曜日から月曜日までの深夜。ちなみに私は右目が一重で、「土曜日にたくさん寝たら二重になってラッキー!」と思っていたのに、目ヤニと涙のせいでがっつり一重に戻っていた。現実は甘くなかった。

そして眼科に行ってきたところ、「うーん見事に結膜炎ですね。これ感染性があるのでタオル使い回しはやめてね。お風呂は一番最後。とにかく他人に移さないように。」と重要保菌者扱いされて、成城石井のプリンを食べながらこのブログを打っている。おいしい。

toushitsuoffdiet.com

 

わりと人並みの感想で申し訳ないんだけど、あまり病院に行かない人間なので改めて悪いところをじっくり診てもらい、病名や症状にきちんとした担保が取れるという安心感は凄まじい。健康のためのメンテナンスは重要だとつくづく思い知らされている。

あとこんなときでないと、家でゆっくり腰を据えて勉強に取り掛かるということが少なくなってきたので、全然手をつけていなかった本を読みたいなあと思っている。

マンガでわかる統計学 回帰分析編

マンガでわかる統計学 回帰分析編

 

 

Angularアプリケーションプログラミング

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それでもってプリンおいしい。味としてはけして甘くなく、でも卵と牛乳をたっぷり使っている濃厚さが感じられてとてもよいと思う。お値段はそれなりに張るけど、安くてベタベタな甘さのものを食べてカロリーを無意味に摂ってしまうよりかは、きちんといいものを食べていった方がいいように思えてきた。 きっと人生もそんなもんじゃないかと適当なことを書こうと思ったけど、あまりに適当すぎて責任が取れない気がしたので、とりあえずオススメするだけに留めておく。人間、病気になったりとかで気弱になると適当な名言を残したくなる。

 

そして本当にどうでもいいんだけど、変な時間帯に家に帰ったせいか父から「どちらさまですか!?」と言われた。プチへこんだ。

精神的に老いたなと思う瞬間

精神的に老けたのかなあと思うことが増えたので、あとから振り返るためにメモを残しておく。

 

1. テレビの趣味

そもそもTVをさほど観なくなったのもそうだけど、民放よりNHKを観る機会が増えた。

小学生時代は父に、「NHKはつまんないからチャンネル変えたい!」と訴えた記憶がある。確かそのときは「なんかねえ、大人になるとNHKが面白くなるんだよ。」と切り返されたのだけど、自分もそうなっている。

NHKだとあらゆるジャンルのニュースが全部まとまっている感じがするし、主観に偏りすぎたコメンテーターがいないだとか、バラエティーにせよ教養にせよ攻撃的じゃない感じがする。なんというか観ていて疲れないのだ。

この"疲れない"という感覚を説明すると、例えば小学生の時は「あなたはたくさん食べるのね」という言葉の裏をさほど考えずに済んだ。(どちらかといえば褒め言葉ですらあったかもしれない) けど、大人になると「だからそんなに太っているのね」と、言葉のその先や、裏に含まれる意味を考えすぎてしまうのかもしれない。というか考えていかないと人間関係がうまく構築できない。そういう"思わず探ってしまいがちな感情"を、民放とCMから持ちがちになってしまって疲れる一方、NHKはそういうものを(比較的)持たずに済むのかなと考えている。

 

2. ディズニーランドとディズニーシー

TDRのどちらに行く?」という選択肢に、4年ぐらい前までなら「アトラクションがたくさんあるディズニーランド!」と一択でやっていた。スプラッシュマウンテンを始めとするマウンテン系コースターを、1日に5回以上は乗っていた気がする。朝は開園1時間前から行くし、夜は閉園ギリギリまでいたがった記憶がある。

それがなんか近年は「まあ十分楽しんだし、そろそろいいかな」という気持ちにシフトしつつある。翌日の体力や観たい&やりたいアトラクションを考えると「ディズニーシーがいいな」と思う機会が増えた。

年齢的なターゲットにあっているから、シーもありといえばありなんだろう。けど幼少期に行ったディズニーランドのトゥーンタウンが、非常に楽しかった感覚をもう一度味わいたいなという気持ちにたまになる。

 

3. 食べ放題より家のごはん

食べ放題にときめかなくなった。安いところの焼肉食べ放題はもう厳しい感じがする。

昔に比べるとそんなに食べなくてもいい気持ちになっているのもあるし、体重増加が気になるという気持ちもある。

あと外食にさほど感動がなくなってきた。それよりかは三食をいかにして効率的に調理して、栄養バランスを考え長年料理する母の方が素直にすごいと感動できる気持ちになってきた。

 
4. コンシューマーゲームを長時間続けられない&カラオケへの興味が失せた

これは性格的な変化もあるんだろうけど、屋内にずっと篭って行う事案に対して、集中をそれ一本だけにすることができなくなってきた気がする。

例えばなんだけど丸一日オフの朝8時に起きたとして、"とりあえず"ゲーム機をつけるという気持ちが少ない。それより先に「今日はごはん何にするかな〜。天気がいいし洗濯物やっておくか〜。」という気持ちの方が働く。

そしてようやくゲーム機を起動して2時間ほど。昔は課題とか放ったらかして7時間ぶっ通しでゲームができた気がするんだけど。

 

5. 人間関係

以前に比べて拘泥がなくなった。

いい側面で言えば、例えば高校生ぐらいまでは年上の人に対して、無条件に「こうあるべきだろう」といった期待や圧力の気持ちを持っていた時期がある。それを裏切られる行為をされると相手に対して怒りを覚えていた気がするんだけど、「まあ自分だってできないこともあるし、その人にとってはそれが難しいんだろう」と思うことが加齢に伴って増えた気がする。具体的にいうと「20歳なのにこんなのもできないの!?」といった、年齢によるバイアスは減ってきた。たぶん自分がその批判してきた年齢になってきたことも大きいと思う。

悪い側面でいうと、わりと親しくしてくれる人に対しても、あっさりした気持ちを持ちがちになった気がしてきている。

これはTwitterの影響もある気がしていて、その気になれば新しい人脈もすぐに切り開けるじゃろと思いがちになる。だから既存人脈に対して丁寧さが欠けがちになるのかもしれない。気をつけたい。

 

6. 限界が見えがちになる

およそこれを読まれている方も「なんにでもなれるしなんでもできるやろ」みたいな無敵感が小さい頃はあったんじゃないかと思いますが、自分も例外ではない。しかし近年は同期の中で活躍している声を聞いたり、周囲で優秀だと褒められている人を見たりすると、「今から追いつくには色々と足りないなあ」などと考えるようになってきた。

更にそこに初期体力の要素も考慮する必要があり、例えば体力があれば深夜2時まで勉強できたかもしれないけど、もうそれは厳しい。体力は「限界がある」と如実に実感できる要因なので、そういう気持ちを持ちがちになるのかもしれない。

 

 

でも常に新しいことを頭に入れて、きちんと挑戦していきたいとは思います、はい。

旅行とパターン認識の話

こういった理由で昨日は唐突ながら山梨に行ってきた。山梨は小学生の頃に八ヶ岳に行ったっきりなので実に10年以上ぶりかもしれない。

TLの皆がしばしばチェックインしていて気になっていた談合坂SAにようやく行けて、ホッコリした。

全体的に味が濃厚でおいしかった。

 

山があっても山梨県

それはそれとして山梨に行ってきたわけだけど、「人は何を以って山梨に行ってきたと確信できるのだろうか」と道すがらに考えていた。

今回の旅は友人の運転する車だったので、自らは特に細かいルートや時間を調べる必要もなく、本場の桔梗信玄餅を食べるという欲求が満たされたらよかったものだった。だから今回の旅は極端な話、山梨以外のところに連れて行かれて「ここが山梨ですよ!」と案内されて、桔梗信玄餅っぽく似せたものを食べさせられたら、私の脳みそは山梨と認識する可能性だってありうる。そのため、「何を以って私は山梨県にいるという確信を持てるのか?」という疑問が湧いた。

 

パターン認識による理解とそこからの外れ値を得る

人間はモノを認識する過程として「結局、どのクラスに分類されるかという識別問題に帰着することができる」という考え方がある。これがニューラルネットワークSVMの研究の基礎構造である。

だから「山梨にいる」という確信を持つためには、今まで自分が持っているクラス分類の値から、外れるような体験をしないといけないのではないだろうか。 

私の場合は生活圏を長年東京に持っているので、ほとんどの行動を東京で過ごした経験に基づく分類ができてしまっている。(老いたんだろうなあ……。) 例えば先日、キングダムハーツオーケストラコンサートのために、大阪に初めて行った。道頓堀の商店街を歩いていたときは、「ここは雑貨屋や衣料店が多いから、東京の吉祥寺に雰囲気が似ている」、「ここはなんとなく西新宿っぽい」などと脳内でパターン認識をしていた。ちょっと話は逸れるが、人間がパターン認識してしまう一つの理由は、防衛本能に基づくものだろうと妄想している。人間はあまりに未知数な環境に置かれると、たとえそこが危険性を孕んでいない場所だとしても、脳内で処理がしきれずに「よくわからない、こわい!」というものを感じやすいのではないだろうか。入力も未知数なら、出力も未知数なのだ。だからよく知らない場所を歩いているときに、飛び道具が降ってくるかもしれないという妄想を人間がしてしまうのは不思議ではない(?)。 だから、ある程度年齢を重ねた人間は「ここはどこどこに似ている」、「これは〜〜に属しているから〜〜というルールを持っているに違いない」という脳内自動処理をして、刺激的な体験を自分の理解の範疇に収め、ある程度の出力を予想しているのだと私は考えている。

話を戻すと、大阪の旅は道頓堀のグリコ看板が見えたときにようやく「なるほど、ここは大阪なのだ。」という実感が湧いた。グリコ看板という特徴的なオブジェは、私の知識や記憶の限りだと大阪にしかなかった。そして私における東京の経験ベースでは、そのオブジェがクラス分類できなかったのである。だからそのときに、「ここは大阪だ」という認識ができたのだと思う。

そうなると、「ここが山梨である」という確信を得るためには、事前情報と特徴的な外れ値を持たないといけないのだなあ、などと難しいことを考えていた。

山梨を例にとると、甲州ワインを飲む、温泉に入る、桃を食べるといった特産的な事前情報に基づく特徴的(外れ値的)な経験をしてようやく、「山梨に来た」という実感を得るのだろう。そしてそうやってクラス分類を増やしていった人ほど、あらゆる状況に置かれても平然としていられるのかもしれない。

 

「その場所に着いた」と確信を得られるような"事前情報"を得るためには、Twitterでは難しくて、テレビや本の媒体の方が説得力があるとも思ったのは、また別エントリで考える。

君も体重計と向き合うときが来たんだ。

はじめに

春に健康診断をしてから3kgほど太った(※1)。何度でも言う。重くなったのではない、太ったのだ。3kgとはうちの猫ぐらいの重さであるし(もしかしたら猫の方がもうちょっと軽いかもしれない)、もっと言えば3kgとは新生児ほどの重さである。だがあいにく猫を背負っているわけでもないし、ましてや臨月というわけでもない。紛れもなくヤツさ。脂肪。

 

ふりかえり

時を遡ること3年前……その頃はわりとシュっとした体型で、それなりに運動を嗜み、たまの贅沢として月1~2程度に友人と行く食事を楽しみ、Twitterでは悪いヲタクに見つかっていない、1イイネが来るのが3ツイートに1回といった、とてもまともで平和な時代を過ごしていました。

しかしこの頃に一度ひどいストレスをやらかして9日間ほど寝込み、全く飲食できなかった事態が起きました。混濁する意識……止まらない目眩……立ち上がることがままならない身体……そして生涯で初めて浮き出たアバラを見て、「あ、これ本当に死にかけているやつや」と気づき、「ここで死ぬぐらいならいろいろな人やもっと楽しいことに出会って、自分の思っていることを主張して、やりたいことをもう少しやっていけばよかった」と、薄れゆく意識の中で思いました。

そして復活してから「いつ死ぬかわからないから、後悔しないように生きていきたい」という原動力を得ることになります。この気持ち自体はとても素晴らしいのかもしれませんが、美味しいものをたくさんの人と楽しみ、結果としてぷくぷくと太り始めました。

我が家系はストレスを溜めると過食に走る傾向がある気がします。

 

反省のターン

この3年間の日々を全否定する気はありませんが、それはそれとして、増えた体重と向き合わないといけません。

私は日々の体重・食事・移動距離といったもののログを取っています。それらのデータを眺めていると、野菜の摂取量が少なくなったときはやはり極端に代謝が落ち込んでいる気がしてきました。一時期摂取していたヘパリーゼ(錠剤タイプ)のせいかなとも思いましたが、別に関係がなかったことも示されました。完全に怠惰によるものです。外的要因のせいにしようとした自分を恥じたいと思います。

幸いにしてたくさんの方達から「がんばって!」と具体的に励ましをいただくので、今度こそ自分を律して過ごせるのではないかなと思います。というかやっていきたい。

 

あと痩身マッサージとか効くのかどうか気になるんですが、実際どうなのでしょう。いろいろな人の体験談を聞いてみたさがあります。

 

※1...まあ誤差はあるかもしれない