みたぬメモ

地味にメモ

ラブホ女子会をやってきた(※18禁)

6月某日にラブホ女子会をやってきた。タイトルにも書いている通り、未成年の方には一部好ましくない内容が含まれています。自己責任で閲覧してください。

 

■行くことになったきっかけ

2月某日に大学の後輩たちと鍋会をやった際に、体のサイズがどうという話になり、「じゃあラブホで実際に確かめさせてください。ラブホ女子会をやりましょう!」と提案され「いいですよ!」という完全にアルコールが入ったノリで返事をしたところから始まる。注釈すると、その鍋会にいた後輩たちはそのときがほぼ初対面だった。(自分はTwitterで雑にイイネを飛ばす習慣があるため、ありがたいことによく声をかけられる。)

したがって今回のメンバーはお互い初対面からの、二回目はラブホで会いましょうという流れである。お酒って怖い。

そういったわけで大学の後輩たち(♀)と行くことになったのだが、参加メンバーの一人には某電気で通信できない大学では知らぬものがいないアイドル女帝・ねこのてさんがいた。

彼女の魅力をここで語るには筆者の語彙力の貧弱さが恨まれる。ねこのてさんの過去ツイートから厳選したものを以下に示すので、参照されたい。

 

1. まだマシ 

 

2. ちょっとヤバい

 

3. すごくヤバい

ご覧の通り、彼女のツイートにはいつも愛しさと切なさと心強さ(※1)がある。

そういったわけで、「アタイ、何されるんやろ……。綺麗な体で帰ってこられるだろうか……。」と開催当日まで結構ビクビクしていたのは内緒である。

 

■ホテル探しから予約まで

しかし言い出したからには責任(?)をとるしかない、ホテル探しから早速始まった。 ラブホに縁のない人生を送っているので適当に検索をかけたところ、"ラブホ女子会"といったワードでのまとめサイトがいくつも作られており、ホテル探しにはこれらのまとめが大変役に立った。特に都内のお店情報はよくまとめられているので、都内在住のアドを感じる。 そうこうして内装写真から伝わる部屋の雰囲気や料金体系、そしてアクセスの良さを吟味して全員一致でホテルバリアン東新宿を選んだ。本当は本店のハニトー食べ放題も気になったのだが、予約が開催日前ギリギリになってしまい、唯一の空き部屋チェックイン時刻に間に合わなさそうだったので諦めた。

予約はwebと電話での両方対応で、ウェブサイトのUIが非常によくできていた。これは感覚的なものだが、予約フォームを記入しているときに起こりうる「やっぱりやめようかな」といった怯みをあまり感じず、でもラブホに相応な隠微さが感じられるUI/UX仕様だったので、もし興味があれば是非覗いてみてほしい

>>ホテルバリアンリゾート | リゾート・シティー・ビジネス・ラブホテル等複合ホテル

女子会プランは複数選べるのだが、料金体系やサービスもわかりやすかったし、レスポンスメールの対応の良さもすごくよかった。

ちなみにここまでの流れで、ねこのてさんが「いろいろ持っていきますね!あと、亀甲縛りができるのはたぶん私しかいませんよね!」とキラキラしながらなんか言っていた気がする。

 

■開催当日〜到着から料金から

新宿にはバリアンの系列店が3店舗存在し、ウェブのマップ地図ではどの店がどこに位置付けられているか、その情報記載が今ひとつわかりにくいので注意が必要である。ただ系列店同士の距離は非常に近いので、間違えてもすぐに徒歩で向かえるというところがやはりいい。(なお、リムジンでお迎えしてくれるオプションもある。)

料金は前払い制度で3~5人部屋を5人で使って一人当たり4,400円だった。現金でもクレジットも両方対応してくれる。(ここでもたつくと他のカップルに申し訳ないのでスマートに会計をする必要があると感じた。)

女子会プランということで6時間も部屋を自由に使えてこの料金は、後述するサービスを考慮するとなかなかよいと思う。 ただし3人で使っても5人で使っても一人当たりの料金が一緒なので、人数が少なくてもよいかもしれない。

ちなみにねこのてさんは集合時刻にやや遅れての到着だった。なんかいろいろ入っていそうな鞄を持っていた。 

 

■あとは主に写真を中心に雰囲気をご覧ください

入り口からすごいし天蓋付きベッドも最高だしバスルームにはテレビもあるし、部屋のテレビからはルームサービスは頼めるし無料wifiへのつなぎ方や最新映画も観られたり写経セットを注文できたりと、なかなかおもしろかった。

おっ

ウーン。。。 

 

さて。ラブホ女子会のプランには無料オプションでスパークリングワインが一本頼めるサービスがあり、 更には画像と指定文字のラベルを入れられるサービスがあったので迷わずお願いしておいた。ワインの届く時間もわりと自由に指定できるので、サプライズにはうってつけである。

 

 

メンバーに喜んでもらえてなによりでした。

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(※画像の団体・組織・企業と今回の催しは関係ありません。)

これまた一つ無料でついてくるハニトーと共に。

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ルームサービスも一つ1,000円ぐらいで美味しくいただきました。

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女子会っぽい!

更にはホテル全室向けのサービスとしてデザート一個選べたりドリンクバーの横にワイン飲み放題サービスに、様々なアメニティがバイキング形式で持って帰れたりシャンプーコンディショナーはほぼ全種類揃っているしで至れり尽せりでした。

写真は面倒なので載せないけど100スターぐらいきたら気まぐれで載せるかもしれない。(はてなの仕様で写真投稿を複数できないのが悪い)

 

女子会はお酒も飲んで美味しいごはんも食べてファンタビも觀始めたりいろいろ話したりお風呂に入ってまったりしたりと、ほぼ初対面ながらも楽しかったです。 

楽しかった。

楽し……

 

 縛られたうどんちゃんのことは忘れないよ!!!!!

 

最後に、全員素敵なルームフレグランスのアメニティと、全員映った写真をいただいて帰りましたとさ。めでたしめでたし。

 

■まとめ

ラブホ女子会ということで最初の心理障壁は大きいかもですが、一回やってみるとこれはおもしろいねーという結論に全員一致しました。

感覚としてはちょっと不思議なカラオケか小旅行にきましたみたいな感じかもしれません。優雅な気持ちに浸りやすいのでおすすめです。

 

■余談

ラブホ女子会について、メンバー全員が当日にリアルタイムに中継していたのですが、UEC関連者を中心にかなりの反応があって楽しかったです。

裏切ったな!おまえらやっぱりラブホについて知ってるんじゃないか!!!

 

 ■余談の余談

このブログ公開には一ヶ月も要しました。というのも、ラブホ女子会体験そのものにフォーカスすべきか、それとも我々がラブホ女子会をやったことにフォーカスすべきかというところで文章推敲に時間を要したからです。

最初は前者のスタイルで書いていたんですが、これが書いていてとにかくつまらなかったありきたりのパーリィピーポー体験記なんて、読んでいても書いていてもおもしろくもなんともない。ベーシックなアウトプットはすでに存在している先人に任せればよいというお気持ちがおそらく自分に内在しているのだと思い知らされました。

そこで「ねこのてさんの紹介をまじえると面白いんじゃないか」と、不意に舞い降りた直感を信じて随所に入れたところ、かなり筆が乗った。アイドル女帝の彼女には改めて心から感謝を申し上げたい。今度新しい手錠でも差し上げようと思う。

 

 

やっぱ首輪にしようかな。

 

※1. みたぬメモは過ちは恐れずに進むねこのてさんの今後のご活躍をいつも応援しております。

 

拝承。

良いプロダクトを産むための議論のスタイルについてアンケートを取ったので結果と感想を置いておく

 

なんとはなしに上記の内容でアンケートを取ったところ、多くの投票がありました。結果はご覧の通りです。投票してくださったみなさま、ありがとうございました。先にエクスキューズを申しておくと、私のTwitterアカウントのフォロワーの7割以上はおよそ理系大学出身(予定含)ですので、主にそういった経歴を持つ人たちによって投票されたと私は推測しています。

 

今回このアンケートを取った理由は「どちらが多数派か」ということを確かめたい軽い気持ちだったのですが、思いの外TLで意見を寄せてもらったので雑にまとめます。

 

<A派>

・Bには良いプロダクトを出すための議論(労力)の手間を惜しんでいるように見える。

・あとで決まったことに関してBに文句を言われないために、先にコミュニケーションコストをかけておきたい。

・議論をナアナアにしてしまうと、目標到達の最後の過程で軸がブレやすい。だから最初にきちんと認識を共有しておきたい。

 

<B派>

・議論を重ねたからといって必ずしも良いプロダクトが生まれるとは思えない

・Aは何が何でも我を通したいだけ

・Aを選ぶ人間は、議論のための工数や時間といったコストと天秤にかけることができていない。

 

私はプロダクトによってどちらの立場も選んだことがあるので、ウンどちらもわかるなあという気持ちがあります。ただ、A派が少なかったことが意外でした。もちろん投票してくれた人たちの背景事情もあるとは思いますが、もしかすると世間的にもBは多かったのにも関わらず、Aのやり方をする人が印象に残りやすかっただけかもしれません。

 

AがいいとかBがいいとかの議論はさておき、このアンケート結果から思うことは良いプロダクトを産む際は、こういったお互いの感性の違いからすり合わせをするなり相手の人間性を認識した方がいいのかもしれないとしみじみ思いました。

ボドゲとかTRPGとか興味ないわけじゃないしむしろやりたいけど

ふと思ったので書いておく。(※1)

 

0. ボドゲとかTRPGとか興味ないわけじゃないしむしろやりたいけど

我が家は卓上ゲーム・カードゲームで家族揃って遊ぶことが多かった。

もともと両親がゲーム好きだったからだ。数も豊富でドンジャラモノポリー、人生ゲームといった卓上ゲームに、いたスト・桃鉄といったコンシューマーゲームで家族対戦して遊んだ記憶が有る。

高校時代も友達グループで昼休みはずっと大富豪をしていた。KHTCGの大会にもよく足を運んだ。

だから私自身は対人ゲームが嫌いなわけではない。むしろ懐かしみと親しみを持っている方であると思う。

しかし近年、非電源ゲームやTRPGのお誘いになると、内心結構な緊張を受けている。

その理由がおおよそ5つに分かれる。 

1. 楽しくやりたいだけであって、けして勝利が最終目標ではないのを嫌がられる

2. ルールを覚えている段階であることを理解してもらえないことが多い

3. 勝たせてもらえないというより優越感を持った相手にタコ殴りされるのに嫌気がさす

4. 「遊びたいから教わっているorやっているんでしょ?」的なのがキツい

5.  勝ちたい人間が同じ場にいるとき、どのポジションでゲームをやるか、かなり心的負荷がかかる

まあ結局初心者の愚痴なのだけど、一個ずつ解説していきたいと思う。

 

1.楽しくやりたいだけであってけして勝利が最終目標ではない

勝ちたいよね?と言われたらそりゃ勝ちたい。正直なところ、勝てる方が楽しい。

しかし私の場合は勝利はあくまでも遊びの延長線上にあって、それがmustではない。例えると"公園でキャッチボールするぞ。相手のミットにボールが入ったらいいな。"程度の気持ちである。

それが「おっ、おまえ野球に興味があるのか!」と草野球試合に無理やり引きずり出されて「今のは角度が悪い!おまえやる気あんのかよ!そんなんでメジャーリーグ行けると思うな!」的な罵声が飛んでくる。

そう言われるときってだいたいは何がよくて何が悪くないのかわかっていない段階で、何を怒られているのかよくわかっていない。その上誘われているこちら側としても(誘ってくれた感謝は覚えつつも)、「この人たちは草野球をやってるくせにメジャーリーグを見ているのか?」という具合にだんだん滑稽な気持ちが生じる。

そういう経験を積んでいくと「ああ、このゲームは真面目に勝ちに行く努力を見せないと”怒られる”んだな。」という印象しかつかなくなって、結局離れていく。

チームプレイだとか協調が必要なゲームならまだしも、対戦ゲームで個人がそれなりにやって負けることに対してキレる人がいることで、そのゲームのファン層もそういう人が多いのかなと思うようになる。実際は嫌いになったとか興味がないわけではないのに、だ。

 

2. ルールを覚えている段階の人間はそれだけで不利ということを理解してもらえない

新しいカードゲームとかボドゲを手に入れたとき、プレイ人口を増やしたいのはすごくわかる。

友人や兄弟が「新しいのを手に入れたから遊ぼう!」とキラキラした目で見てきたら、まあわざわざ誘ってくれるぐらいだし楽しいんだろう、いっちょ付き合うかと思う。ここまでは全然問題ない。だって誘ってくれるのは私も嬉しいから付き合うわけですよ。

だけど、だいたいゲーム開始から問題が発生する。

初心者の自分としては説明書を読みたい。なぜって?誘ってくれた手前、真剣に取り組みたいからだ。それがゲームに誘ってくれた人への誠実さだと思っている。

けどだいたいこう言われる。

「自分もまだ理解してないからちょっと待って」

「こういうのはやりながら覚えよう。途中で質問していいから。」

しかし、そうなってくるとゲーム初期〜中盤で本当にしんどくなってくる。

「これこうやってもいい?(自分は説明書なし状態)」→「あ、いやダメ。ここにこう書いてある。(向こうは説明書あり)」

ここまでで、本当に釈然としない気持ちになっている。

そういうルールなら最初から言ってもらえないと、向こうの勝利が自ずと見えてくる。だって「この手を出していいか?」と聞いている時点で、こちらは手札を明かしているのだ。最初からそういう質問がしたくなる状況になることを想像することは、そのゲームの枠組みを理解していないと本当に厳しい。それなのに途中で質問していいですよって、勝たせてくれるのかい?そうじゃないだろ?アンフェアで開始してまで得た勝利の美酒は美味しいか?とすら疑心暗鬼になる。

もちろん初心者が情報過多になって、ゲームそのものに関心を持たなくなるのを恐れているのかもしれない。でもそもそも初心者が説明書に手を伸ばしている時点で、興味は持っている。その人は自分のレベル感でわかるところから、ルールを覚えようとしているわけである。なぜその知的好奇心を摘みに来るのだろうかとすら感じる。

私のこの文句に関して誘う側にお願いしたいのは、コンシューマーゲームチュートリアルの絶妙さを学んでほしいと思っている。段階的にルールを説明していって、最終的にかなり甘い勝負を用意する。"プレイ人口を増やしたい"のが目的なら、そうした方がいい。それが定石になっているから色々なゲームでチュートリアルが存在しているわけだ。それでようやく、「楽しいしとりあえずやってみよう」という具合に、新たなユーザーは育つのだ。それなのにどうして相手を勝たせる要素を排除する?やる気をなくすに決まっている。

 

3. 勝たせてもらえないというより優越感を持った相手にタコ殴りされるのに嫌気がさす

これは2の続きにもなる。

陣取りまたはライフを削るゲームだと、全手札の効果と相手の捨て札を覚えている"自称上級者"がいる。そういう駆け引きは"勝利"の目標のためには、もちろん必要だろう。

ただ繰り返す。「それってルール覚え中の人にやることか?」と思う。

何度でも言うけど"プレイ人口を増やしたい"ときはその目標だけに徹して欲しい。そのついでに"勝利したい"は本当の"上級者"になってからやってくれというハナシである。

 

4. 「あなたも遊びたいから教わっているorやっているんでしょ?」的なのがキツい

おまえボドゲのルール知っている程度で偉そうにするなよ。

まあ、そりゃ新しいコミュニティに入るからにはね、そこのルールを学んで従うのは当然だけど、1〜3の流れがあると正直内心結構キレてる。

 

5.  勝ちたい人間が同じ場にいるとき、どのポジションでゲームをやるか、かなり心的負荷がかかる

是が非でも勝ちたい人がいて、ビギナーズラックなんかで勝ったときにはゲーム外でも恨まれるし「たまたま凡ミスしちゃった」とか本気出してませんでしたアピールされるならまだしも、コントローラを投げつけて「終わり!」とかされると本当に無理。

うまーく負けられるならいいけど、初心者にそういうのは無理なのでたまに明らかなミスをしても「真剣にやれよ!」とか言われるし。

じゃあいっそ手を抜いてヘラヘラとゲームしてた方が気楽なんですよなあ。

 

 

 

ちなみにこのネタは4ヶ月ほど下書き状態にして寝かせていた。わりと毒多めだなとは我ながら思う。読み返してみて推敲しようと思ったけどそれでもなお、考えは変わっていなかったから、、、まあそんなもんだなあと思った。

あとこれらは全部大昔に兄にやられた話なんだけど、書いていて当時のことを思い出して本当にムカついてきた。

 

プレイ人口を増やしたい優良ユーザーの皆様に、こういう理由でゲームから離れていったユーザーがいることが届いたらいいなあ。

 

※1 ... 言い訳だけど、真夜中に更新したことで確認が及ばずレイアウトがガタガタだったものを直しました。(6/15 10:13)

語彙力とコミュニケーションについて

語彙力には3段階あると思う。

 

まずは「ある概念を表現するときの言葉がある」という認識・認知の段階

漢字や熟語の読み書き、もっと落とし込めば概念理解の学習段階である。

 

次に、その言葉を使う状況になる・使用する段階になること。

ある状況になったとき、自分や物の状態を的確に説明するための言葉を選んで用いる段階である。人への説明や、日常会話が相当する。

言葉を使用するためには様々な経験を経ないと、結局自分のものとして落とし込めない。ある言葉や概念、もっといえば他者の感情を知っていることと、ある言葉を自分が使用する状況になり、実際に使ったことには大きな差があると思う。

 

最後に、その言葉を用いることでそれが自分の人間性や社会的立ち位置と合わせて、相手に対してどういった意味や思考を与える・与えやすいのかを認識して使う段階

 

そしてエクストラモードとして、よりシンプルに言葉を省略化して、かつ自分のブランディングイメージも損なわずに相手に自分の想いや意思を的確に伝わるように使う段階である

 

これらの段階を経て初めて、人は語彙力があるといえるのではないかとふと思った。そしてその人の語彙力と、コミュニケーション能力の関係はなかなか切れない。

更に思うこととして、素人が第三段階をなくしてエクストラモードで初対面の人間に接していくことは相当危険なことに思う。というのも、単にコミュニケーションコストを省エネしたい人にも思われがちになりかねないからだ。長期的なコミュニケーションをしていくにはもともとの人間性を相手に知ってもらった上で、きちんとした言葉を取捨選択して話していく必要があると思うので、そこの塩梅は難しいと思う。

まあそういった段階をすっ飛ばしたいなら、同じような背景で同じような言葉やコミュニケーションを用いるコミュニティにずっと属するのも一つの方法なのだろうけど、社会における自身の成長が担保されるかどうかわからないのでなんとも言えない。でもたぶんよくないと思う。コミュニティの人間がずっとそこにいてくれる保証なんてないからだ。

 

ということを思った。

【まつもとゆきひろ氏 講演】若手エンジニアの生存戦略レポート #colab_matz

【まつもとゆきひろ氏 特別講演】若手エンジニアの生存戦略 - connpassに参加してきました。若手エンジニアないしはエンジニアを目指す学生向けに、生存戦略を説く主旨の講演でした。まつもとゆきひろ氏とは、プログラミング言語Rubyを作った人です。 

 

全体的な内容はこちらのブログで非常にコンパクトに紹介されているのでご参照ください。

zuckey17.hatenablog.com

私のブログではまつもとゆきひろ氏もといMatz氏が語ったことを前半に紹介しつつ、後半に主観感想もまとめたいと思います。

 

■生き残るには? -死ななければいい。

「エンジニアの生存戦略、つまり生き残るには?」

その問いに「単純ながら、死ななければいい。」という皮切りでスタートした。

じゃあこの"死なない"ためにはどうするか。

そもそも生き残るとはどのような戦略を取ればいいのか?

Matz氏は「背景や環境など当然違うのだから、各人にあてはまる生存戦略というものは存在しない」とした上で、以下のように述べた。

 

■自分の生存戦略を知るための、戦略を知る(メタ戦略)

少なくともスタートアップ企業で生き残るには、頭がいい・IQが高いとかが重要ではなく、パターン認識能力が高いことであるということであるという科学的根拠を提示された。

(参考:起業家に必要なのは高いIQよりパターン認識能力 | TechCrunch Japan)

パターン認識能力とは、すなわちいろいろなケース(状況)の中から共通なものを見出して括り出す能力が重要である。

世の中のたくさんの人に対して、更にはなにかしらで困っている人がいて、それらのソリューションはこのツール(方法)であるという、問題把握能力と問題解決能力を合わせた意味でのパターン認識能力を鍛えることによって、自分を戦略的に鍛えることができるという話であった。

 

■じゃあ過去の成功者の事例(ロールモデル)から学んでいくべき?

とはいえ、過去の成功者と全く同じことをすることはできないし、過去の歴史を真似をするという観点で言うと、役にも立たないとバッサリ。(バタフライエフェクト/バタフライ効果の考え方) なぜならばそもそも自分も「どうしてRubyは成功したと思うか?」と聞かれても、ほとんどが後付け理由であり、そのときに成功するかどうかなんてわからないことから、成功者の真似をしても難しいとMatz氏の経験談も含めて指摘が入った。

そこで、自分に適用して成功に導くパターンを抽出することが大事と話が続く。

 

■死なないためには、理不尽に気づく。

エンジニアが死ぬ前に、まず抑えてもらいたいこととして「みんながやっているということは、自分が我慢をする理由にならない」と断言。

我々の社会は我慢をすることに価値を見出しがちであるが、本来は成果という価値を提供することが正しいことをとにかく抑えましょうと熱弁されていた。

しかしどうしても「俺も我慢しているんだからお前も我慢しろ」、「皆が我慢しているのだから自分も我慢しなければならない」という社会的圧力が起こりやすい。

しかしこれはビジネス的に見たら価値は全くのゼロ、これは皆が苦痛を覚えるだけ

 

しかしもちろん必要な我慢というものはあって、あるソフトウェアが完成すれば皆が楽になるといったものを開発するときはそれなりの我慢は発生するだろうけど、でもそれも結果あってこその我慢。

客に会わない職種なのにスーツを着なければならないとか、あるツールを導入すれば作業が楽になるのに社内規則で導入しないだとか、新人だからという理由だけで5年前のPCを使うといった、どうしようもない理由の押し付けは理不尽であり、我々の敵だと認識する必要がある。

 

ここで、Perlの開発者であるラリー・ウォール氏の"プログラマ三大美徳"発言も引用される。(私は名前だけは聞いたことがあるけど、詳しく知らなかったので勉強になった。)

参考:プログラマーの三大美徳 | Money Forward Engineers' Blog

プログラマ三大美徳である「怠惰・短気・傲慢」の反対である「勤勉・寛容・謙遜」も大事ではある……大事ではあるけど、そこに「苦労・苦痛・我慢」も含まれているのがいけない。

勤勉を徳とする人は、あるいは他人が勤勉であることを求める社会というのは、誰かに苦労や我慢を押し付けているという無意識の価値構造になっていることに気づく必要があると指摘。

本来は「みんなも苦労しないし、僕も苦労しない」というのが理想なのではないかという意見提案がなされた。

しかしこの「無意識の価値構造」が非常に厄介で、自覚がないと本当に対処ができないとMatz氏。

 

■上から下まで勘違いをしている、何度でも言うが理不尽には気づかないといけない

「"会社は私の主人であり、私は会社の従属"という発想がそもそも間違いである。」と更に話は続く。

「私は自分の持っている知識・技術・才能・労力を差し出して価値を出しているわけで、会社は価値をお金に変えるためのチャネルを提供しているわけであって、本来なら契約関係として対等であるはず。」という気持ちを持っている必要がある。

「会社という組織はあなたたちを養っている」・「言うことを聞かないと会社はあなたを捨てる」という無自覚な刷り込みが発生しているが、ITは特に転職事情も発展しているので、そこはもう少し反抗期精神を主張してもいいのではないか?というなかなかアグレッシブな発言が飛び出す。

そして以下の発言に続いていく。

どうも我々の社会は生産性よりも忍耐という美徳を大事にする。

価値を大事にするよりも、秩序を大事にする方が大事だと思いがち。

それが結果として社会的圧力になるが、それは理不尽である

「理不尽は拒否してもいい、理不尽は拒否しなければならない。」

とした上で、社会的圧力は誰にも気付かれないことが多く、際限なく自分を縛ってしまう。そしてそれはいつか限界を超えてしまう。という話であった。

死なないにしても、具合が悪くなる。もっと前の時点で、「これはおかしい」と思わなければならないということを強調されていた。

理不尽さが自分の中に無意識に刷り込まれることの恐ろしさを説いてもらった。

 

■じゃあポジティブに考えよう、これからどうしようか?

少ない苦痛・我慢、あるいは我慢をしないで結果を得られたらそれは素晴らしいこととして、じゃあどうするか?「みんながやらないような、でもやっても問題のない"裏技"をやっていきましょう」、という提案に話は移っていく。そこで、

 ・空気を読まない

 ・目的を明確化にする

 ・理不尽を拒否しよう

の三点を紹介された。

他人を変えるのは難しいし、大きい組織でまずい価値観に出会ってもその組織自体は変わらないことが多い。

そんなときは「逃げてもいいんじゃないかなー」と考える

素晴らしいプロダクトを出すことや、価値を出すことがファーストプライオリティーではないと気づいたら、逃げるしかない

理不尽であると気づいたら、逃げるしかない。(本来の価値観にアプローチしていこう) アメリカ的な働き方だが、「work smart」でいこう。

仮に上司がダメなら例えば上司の上司に訴える、あるいは「こうやったほうが本質にフォーカスできる」ということがわかる人にアプローチをする。など。

そこにある理不尽に対して、声を上げよう。(これはおそらく上司に訴えろということのみではなく、自分の感性を信じて自分にとって次の適切な行動を取れ、という意味だと推測する。)

 

■我慢に価値を置かない お互いに勝つか、取引をしないか。

上司と自分との対立構造をどうするか?この問題に関して、ここで7つの習慣も引用される。(参考 : 7つの習慣 - Wikipedia )

二人のプレイヤーがいて、勝者・敗者が存在する。

そうなると組み合わせは以下の4種類

 ・win-win

 ・win-lose

 ・lose-win

 ・lose-lose

……win-winがもちろん一番いいけど、そうはうまくいかないことも多い。

片方が勝って、片方が負けるという取引もまま起きるだろうけど、そんな取引は永続しないので、それならそもそも取引しない方がいい。すなわち「No Deal」という5つめの組み合わせを選ぼう、という話が出た。

 つまり

 ・win-win(お互い勝つ)

 ・No Deal(取引しない)

の2通りだけでやっていくことを意識することが大事で、とにかく我慢に価値を置かないこと、みなさんを無限に食いつぶす価値はいらないということ、でも我慢をした結果、価値を得られるならやる方がいいという3つの視点をもらった。

本来のいい関係とは互いにリスペクトがあるはずであって、「俺が上司だから俺の言うことを聞け」といった理不尽な主従ではないのである。生産性のない綱引きほどビジネスで意味のないことはない、という話であった。

 

■じゃあ更に具体的に、どうやって生存戦略を取っていこうか。

Matz氏は「こっちに行けば幸せになれそう」という勘と「社会的圧力に対する鈍感さ」もあったことで、なんとかやってこれたと述懐。しかしその能力が皆に備わっているわけでもない。

じゃあどうするか?まずは社会的圧力に対して鈍感になっていくことが大事という話になった。

そして、自分の技術をもう一つの技術(能力)と組み合わせてやっていくこと。一つの技術のみで勝とうとするのは非常に難しい。すぐに後陣に抜かれる可能性もあるし、だったら何かと何かの組み合わせ、例えば農業×IoTで戦って行った方が非常に賢い。

これは技術でなくてもよくて、まずは自分の持っているもの・興味のもっているもの・続けられるもの・自然とやってしまうことなどを自分の中で棚卸をして、そこから組み合わせてやっていくことが大事。

「僕はプログラミング言語を作りたいと思っていて、でも、他の人はそうではなかった。結果論ではあるけど他の人と違うことは、メリットである。」という話をRubyの開発を25年続けている経験談、そしてだいたいのソフトウェアは25年も続かないという事実とも合わせて語られていた。「こういう言語にしたら幸せになれそう」という勘も働かせたら、結構うまく行ったというエピソードが会場の笑いを誘っていた。

次に、思い込みを打破していくこと。ちなみにバグ原因の99%も思い込み、らしい(要出典)

人間はものすごく思い込みに弱いから、詐欺もまかり通るとした上で、「思い込みとはある種のキャッシュのようなもので、それを消していく必要がある」というIT業界ならではの喩えが秀逸でした。

この社会的価値観キャッシュとは非常に厄介で、たとえば「大企業に入れば安泰」というものは時代やそのときの環境によって本当は変化させないといけない価値観なのに、そのまま信じてしまう。けどそれではいけないという話。

我々が幸せになるのに、もはや役に立たないキャッシュもあるということを自覚しなければならない」とMatz氏。

 

■我々の人生の多くは「問題解決」という枠組みで考えられる

問題の本質とは何か、とMatz氏。

そもそも問題は解決できるのか、それは本当にソフトウェアによってのみなのか?そうやって思考することが、同じ原則が人生にも適用できるという話に続く。

 

■インプットとアウトプットのバランスを取っていく

勉強するというインプットは当然必要とした上で、更に「でもインプットしただけでは、我々は差別化できない」ので、「どんなアウトプットでも重要」とMatz氏の熱弁が続く。

「こわい、恥ずかしい、炎上するかもしれない、そもそもチャンスがない」と思うかもしれないけど、そもそもそれすらも「思い込みではないか?」と考えてみる必要があるように思うという話。

「目立ちたくない」という心理的障壁は本来我々に本能的に組み込まれたものであるが、これを超えられた人が強いこと、クオリティはとにかく棚上げして、まずはやってみる精神が大事人間の可塑性に賭けていこう。(これはおそらく、自分だけではなく他者の将来性やポテンシャルも信じていこうという文脈であると予測している)

 

■エンジニアが生き残るには? まとめ

・理不尽を拒否しよう

・鈍感になろう

・プログラミング能力を鍛えることで、問題解決能力を身につけよう

・人生に適することで、人生問題解決を図ろう

・人間(自分/周り)の心理に興味を持とう

・思い込みを打破しよう

 

■感想

とにかく素晴らしい講演でした。これらの内容はエンジニアのみに留まらず、ありとあらゆる職業人や、ないしは学生の方々にも、もっといえば人間関係にも拡張して適用することができるのではないかと思いました。

特に理不尽に気づくというのは、幸せに生きる上で非常に重要な観点であると私も思います。本来人間は幸せに生きたい動物であるのにも関わらず、あえて苦痛の道を同調圧力によって選んでしまうわけで、これは非常にもったいないことであると改めて思いました。特に今後の日本は人口減少問題は避けられない現実であって、如何に人は効率よく働くかが重要課題であり、そこで疲弊することはあってはいけないと思っていたのでMatz氏の意見には深く首肯しました。

そして何か一つのプログラミング言語能力を鍛えるということは、結局のところ問題解決能力を鍛えるという話には、目から鱗でした。(お恥ずかしながら、自分の持てる手段が壮大な問題すら取り組めるということまで、考えがあまり至っていなかったことと、壮大な問題であるとすら認識できていなかったのだと思います。) そう考えると、どんな勉強も何かしらの課題にあたったときに、どのように解決すれば自分を幸せに導けるかの一つの視野を導いてくれるものでしかないと考えれば、学習は苦痛ではないかもしれません。

非常にすばらしい気づきのある講演でした。

 

(5/23・追記)登壇者であるまつもとゆきひろ氏、主催のサポーターズColabさま, 協賛企業のSpeeeさま, DRECOMさまにはこのような素晴らしい講演の場に参加させてくださいまして、深く感謝を申し上げます。

更に(もちろんまつもとゆきひろ氏の言葉がそれだけ素晴らしいものであると承知で)、拙文が多くの方の目に触れたことに関しまして、ご覧いただいた皆様にも深くお礼申し上げます。

最近ハマっている習慣について

というわけで、表題の話です。最近ハマっている習慣について雑に紹介と、所感を述べます。

しかし何かしら抽象的な事案に取り組む/決定する際は(自分のことも自分で決められないのかと突っ込みつつ)、いっそとりあえず他人に投げてしまうのは手だと思うこの頃です。

 

1. A4ノートに自由にいろいろ書いている

もともと普段から科目や内容別にノートに分けているのだけど、新年度から「いろいろ何を書いてもいい」ノートを作った。ノートはどこにでもあるキャンパスノートである。

例えば「倉木麻衣さんのTouch Me!はいいね」,「何に今詰まっているのだ」とか、Twitterに書いてもいいようなことから、ふと気になったことを調べた内容・数式、パッと思いついたToDoを書きなぐったり、思考のフローチャートを書いたり、今聴いている曲の歌詞だとか、とにかくなんでも自由に書く。罫線も無視して文章書きはもちろん、落書きもしている。

日付で切り分けて書いているのだけど、いま自分は何を思って、何が課題点なのか、どこに悩みを置いているのかを文字を書いて言葉に起こすだけでも気が紛れるし、そうこうしているうちにその悩みに対するアプローチであったり、他にやるべきことを思い出せる。

もともとは日記と手帳にやっていたけど、A4サイズは自由さが広まるし、日記形式だと1日or何かしら一つのテーマの振り返りとして書くものになってしまっていて、リアルタイムで頭の中を占めている悩みや考え事にはどうも遡及しきれなかった。

(1日の終わりに思い出せない程度の悩みや思考を書くことまでが、日記の役割かどうかはともかく。)

とにかくこの"手を動かして文字に起こす"という作業が慣れると思いの外楽しいので、おすすめである。

思考が離散的であったり連続的であったり、そういうものを垣間見られるのもおもしろい。

 

2. ジョギング

体重を落としたくて走っている。

そのため、"脂肪が燃焼し始める20分以上の時間を確保して走る"・"朝の日照時間と合わせて走ると身体が活性化して痩せやすい"の2点は特に意識している。

20分程度だと2~3kmぐらいしか走れないが、それでもだいぶスッキリして、その後の勉強などにも集中して臨める気がする(体感)

 

3. 健康記録ログ

痩せたいんだよなあ(本音)

googleスプレッドシートに月ごとで作っている。

項目として[日付, 天気, 体重, 体脂肪, 便通, 移動距離, 朝食, 昼食, 夕食, 間食]を設置している。食事に関してはざっくり記入していて、「煮物(ほうれん草と大根)」という具合に、ログを取っている途中で飽きるのも嫌なので、とりあえず自分がわかる形にしている。

そのgoogleスプレッドシートが結構おもしろくて、グラフを作成するときに項目の相関関係を勝手に予測して、移動距離と体重でグラフを作ってくれたのにはびっくりした。

身体が重いときとか手持ちぶさたなときにログを読み返して、「なるほど、この期間に油物を連続させているので消化がよろしくなさそう」などと予測している。何より、今の自分に足りない栄養素が可視化できるのはよい。副次的な効果として、「そういやあのときこの人と◯◯を食べたんだったな」などと、日記は日記で別につけているのにも関わらず思い出せるのもまた面白い。

 
エクストラ. 習慣化するには

もともと面倒臭がりなのに、なぜかこのあたりは1ヶ月以上実践できているきっかけを自分なりに分析した。効果が高い順に書いてみる。

 

 1. 人に何気ないときに薦められた

 2. 人がそれをやっているのを見た

 3. 本でそれらを実践するとよいことを読んだ

 

1. について解釈すると、面と向かって「◯◯がいいんだよ!まじおすすめ!」と言われても8割ほどは心も身体も動かないけど、「〜〜してみるの結構いいよ」とごくシンプルに言われるとなんかスッと入ってくる。

教育法で人は視覚的+聴覚的に伝えられた方が記憶に残りやすいと教わったので、1と2が組み合わさると「なるほど、とりあえずやってみるか」と自然に受け入れられやすくなるのだと思う。他人が苦もなくやっている姿を見聞きするというのは、存外自分にインパクトを与えているのだと思った。

3はそもそも能動的に読書しているときに入ってくる情報なので、自然に取り入れやすいのだと思う。

 

次に継続的に続けられる理由は、「とにかく気楽にやる」である。上の流れを読んだ人はわかるかもしれないけど、実は上の3点は目標設定と具体的な期限を敷いていない。

気楽にやるさじ加減は人それぞれだろうけど、例えば自分の場合「体重◯kgになる!」とは決めているけど、「いつまでに痩せる」という期限を設けていない。(まあさすがに半年後には……とかは思うけど)

「習慣化する」ということはそれだけでも結構重いときもあるので、明確な目標や期限設定は習慣化できたあとでよくない?とかそれぐらい気楽に思っている。(だから痩せないんだよというツッコミはわかってるんだ。)

もう一つは、その習慣に「取り組みやすくなる状況にする」だと思う。

私は基本的に面倒臭がりの人間なので、やりたいことを開始するときにその準備が整っていないと、それだけで脳のリソースが奪われていると思っている。

そのためとかく自分にとってのやりやすさを優先して、ジョギング用のスウェットは部屋のここ、本とノートはカバンのこの位置、健康記録は毎回書き入れるのが面倒なのでデジタル化、という具合にやりやすい状況を作っている。

自分にとってやりやすくカスタマイズすることは最初こそ準備と気合が必要かもしれない。しかしある程度やっているとルーティング化できるので、わりあい気楽に取り組むことができる。どうしてもダメなら、身近に実際にそれに取り組んでいる人を見つけるか、「今の自分にはきっと他に優先事項もあると思っていて、実施できない」と、潔く切り捨てるのも大事かもしれない。

いい感じのGWを過ごした(追記あり)

この高揚感を雑に思いついた順にまとめておきたい。

 

1. ジョギング

連日、結構走った。もともと運動好きではないけどいい感じのスウェットを最近買ったこともあり、テンションが上がっているのだと思う。近所はツツジや川の土手など、水と緑の自然に恵まれていたことにしみじみ気づかされる。

 

2. お絵かき

中高時代の落書きが続々発掘されて、触発された。毎朝下書きして、ペン入れをした。

当時は描けば描くほど泥沼で「こんなんじゃダメだ!」と、目的設定も明確でない割にいっちょまえに苦悩していたけど、振り返ってそれらの絵を見ると(自画自賛と承知で)「なんだ、結構描けてるじゃん」と懐かしみと親しみ、そして感嘆を素直に感じることができた。案外、かっこつけて描いてみた絵の方が「んーこれは表情が出ていなくてダメ」という具合に、描くのと見るのと、どちらも肩の力を抜いて楽しめる年齢になったようです。

 

3. おでかけ

多くの人に「もっと違うところを行ってみたらどうだろう」というアドバイスを受けたこともあり、あまり出歩かないところに行ってみた。とはいえ、ほとんどは一度は行ったことのある場所だったので、新たな発見や感動があったかというとやや微妙ではある。ただ、今まで通り過ぎてはいたけど入ったことのない店や、ちょっと入り組んだ場所まで足を伸ばしたりと、言うなれば今までは幅優先探索だったのが、深さ優先探索で出歩いたのは新鮮であった。

あと1日、完璧にオフ日を作った。自分がどこに行くのか、何を見るのか、何を食べるのか、それがなんとなく知りたくて気の向くままに歩を進めた。とりあえず二箇所具体的な場所を思いついたもののTwitterで雑に友人に意見を求めたり、結局最初に考えていた場所とは違うところを歩いてみたりした。最後は馴染みの店で終えた。

そういうことができる一面を持っていた自分に、なんとなく驚いた。贅沢な時間の使い方ができたと思う。

 

4. 人

今までも仲良くしてくれている人や、初めて会う人たち、普段は遠いクラスタの人など、バラエティ豊かな人たちと会って話をして、ごはんを食べたりと楽しい時間を共有できた。

第一印象で「合う・合わない」がわかるという感覚が優れている人がいると思う。自分もそういう感覚はあるにはあるけど、その感覚をとりあえず疑っているので、なるべく今後も色々な人に出会っていきたい。その方がおもしろいし、セーフティネットが広い分にはいいことだと、感覚よりも理性的に判断している気がする。

 

5. 読書

最近読んだ本に「ゲームやSNSをやるのは、脳が刺激を求めていてそれが単純に達成できるから。代わりとして知識や深い思考能力を養うために本を読みなさい。」と書いてあったことから、その言葉に素直に反省して色々読み始めている。

そういったわけでウェブ関係の本を眺めたり、哲学思想や研究関連、文学などなど、他ジャンルにおいてパッと開いたページから読み進める手法で色々と手を出した。活字はいい。没頭できることもあるし、他にやりたいことも思い出すのに手っ取り早い。

 

6. ゲーム

3DSシアトリズムFFをちょこちょこやった。一番気に入っているのは4~10の曲なのだけど、8は特に気に入ってるため、未だに手を出していない。こういう意思選択決定方が、なんというか人生的にもたまに損をしていないかちょっと不安になる。

そういえばもらったPS3をまだ接続させていない。

 

7. 音楽

面倒臭がりを克服するべく、CDとして買ってはいたものの放置していたものをiCloudミュージックに落とす作業をした。

ZARDはいい。すごく好きだし、いいんだけど、ずっと聴いていると考えすぎて解釈する癖まで伝染しそう(これも考えすぎなんだろうけど)。というわけで、美女と野獣だったりキュアップラパパとかセーラームーン幽☆遊☆白書とかも聴いたりした。新規開拓もしないとなあ。

 

8. 食事

新しいレシピ作りにはさほどチャレンジしなかった。でも最近ようやく中学~高校時代ぐらいまで料理の勘が取り戻しつつある気がする。

外食は、なんだか最近さしたる感動がない。美味しいっちゃ美味しいし、価格も十分にpayできているとは思うんだけど、なんだろうね?人と話しながら食べるごはんも、一人で食べるごはんも、そのへんあまり変わりもないし。本当になんだろうね?

 

9. 掃除

そういえば、部屋の移動が完全に終わった。去年の6月ごろに兄が独立するのに伴い、なぜか私が兄の部屋に移動が自動決定されていたのが、ようやくである。親がむしろ痺れを切らして強制移動させたというのに近い。10年以上使った部屋を強制的に奪われてむしゃくしゃした時期もあったけど、もう色々言ってもしょうがないし、もうほとんど移動していた兄の部屋だった場所もそこそこに快適ではある。(と思うことにしている。)

掃除に伴い、中高時代のものが次々と発掘された。やはりというか当然かもしれないけど、当時色々考えていたことの片鱗が窺えるものが発掘されると、連続的思考/経験があって今の自分に至っているとしみじみ気づかされる。(突然変異であったり離散しているわけではなく、着々と自分の中で積まれたものがあって、今の自分が存在していると言いたい。)まあ、当時から考えすぎではあるとは思った。思考行動を楽しんでいるならいいんですが、もっと気楽に生きるかその時間をもっと勉強しておけと10年前の自分に言いたい。

とはいえ。

当時の写真も発掘したんだけど、笑うべきときに友達や先生にたくさん囲まれて笑っている写真ばかりだった。そのときそのときでやれるベストを尽くしたとは言わないけど、当時楽しく過ごした感情までも否定するのもキツイし面倒なので、これまでも楽しい人生を過ごしていたし多分これからも楽しく生きていくんだろうなーと改めて認識することができた。

 

10. 人・2

にゃーん。

日記を発掘したこととか、色々な人と会話をしたり色々なところに行ったり、そこから考えてみたんだけど、自分も他人も年齢・環境にとらわれずに案外柔軟に変わっていけると思いましたね。

そう考える背景に色々とあるけど、端的に書くとそんなことを思いました。なによりポジティブ解釈思考の方が、楽しい。

 

 

筆、もといキーの向くままたくさん文字を打ってだいぶすっきりしました。

こういうダラダラした思考回路を開示する終わりのない文章もたまにはいいものです。相変わらず考えすぎなのは、気にしないとして。

 

 

追記(5/8)

こういう感じです。

いいGWを過ごせました。