みたぬメモ

地味にメモ

日記をそこそこに書いていて気づいたこと

なんだかんだで、はてブに日記を頻繁に書き始めて一ヶ月ぐらい経ちました。

いくつかマインドの変化が起きた気がするので、備忘録として書いていきます。

 

■書いているうちに考え事が収束したケースがある

誰にでもあてはまるかもしれませんが、私は一つのことが気になると隙間時間に悶々と気になりだしてしまう癖があります。それは散歩中であったり料理中であったり、状況を問わないことも多く、せっかくのリラックス時間にも関わらず脳が疲れてしまうということもたびたびありました。

けれども「現在進行形でこういうことが気になっている」「こういう心持ちでいる」ということを断片的にでも書くことによってメタ認知が起きたのか、その問題に関しては解決していてもしていなくても、日記に書く前と比べると圧倒的に気がかりではなくなっていることが多くなっていると気づきました。

一応今までもノートの日記に書いたり、人に話したりといったことはしていたものの、解決あるいは納得しないことも多かったので、これはちょっとした発見でした。

もしかすると私にとってネット上の日記に書いておくという行為は、「いま自分は問題を抱えている」というメタ認知を起こす上で相性がいいのかもしれません。

 

■もしかすると今は限りなく健康なのかもしれないということ

こういった何気ないブログを書けていたり、世間のニュースに対して想いを致すということができているあたり、今の自分は健康なんだろうなあと気づきました。

もちろん100%健康かと言われたら、持病だのホルモンバランスだの不満はあります。けれど確かにこうして気持ちを外部にアウトプットできていること、他者に対して関心が持てている状態であることから、『健康である』といってもいいのかなと思います。

 

実際、自分はアウトプットできていない期間はだいたいメンタルが大変なことに遭っています。

最近の日記にちらっと書いているんですけど、残念なことに勤めていた企業において賃金未払い期間がありました。

さらに同時期、私の作業量は他のチームメンバーによって(と、自分は認識していますが)常に見積もりオーバーになっていて、そのとき私は『どうしてまともに賃金も支払われていないのに、きちんと賃金が支払われているメンバーは、私に賃金が支払われていないことを承知で、期間内に終わらない、あるいは自分の担当でないタスクを振るのだろう』と悩み苦しみ、果ては人権が損なわれているという感覚を常に持ってしまいがちの時期がありました。当時、SNSには時間的な問題ではなく何も書けないしそもそも人と極力喋りたくない状態になっていたと思います。

あと当時のノートの日記や人とのメッセージやりとりを見ていても、一応文章を書いているんですけど、文章になっていないものが多く、どう見てもあかんなという状況なんですよね。説明しようとするとまだその当時のメンタルに引きずられるので、ここでは割愛しますが。

 

そういう最悪な状態を知っているからこそ、いまこうして世の中に対して気持ちが発露できていることは、限りなく健康な状態だからだろうな〜と俯瞰して思いました。

 

■人に見られているかもしれないという意識ゆえに向上心が起きた

ノートの日記は、『自分しか読まない』状態がある程度担保されてしまっているからか、「まあどうせ誰も読まないし」という油断が生じており、結局1日の振り返りに適さないスタイルになっています。(まあ月や年スパンだといい振り返りになるのかもしれないけど……)

けど1日の終わりにこうしてネットに今日考えていたことを書くと、『誰かに読まれるかもしれない』という意識が自然と働くのか、『あれ、今日はたいしたことしてないな。明日はこういうこと頑張ってみよう』という意識づけが以前よりかは起きているように思います。

 

こんなところでしょうかねー?

 

完全に蛇足ですが、今日やったことで満足していることは、図書館で借りてきた法律関係の本とバラ園芸の本を読み終えたことです。

図書館って便利だなあ。